ラブ&ヒーロー

□一緒にお昼ご飯を食べる話
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「緑谷少年、ちょっといいかな」

昼休みになってすぐに、オールマイトが3-Aを訪ねてきた。

「は、はい!」

急いで行くと、ちょっと話があるんだと小さな声で言う。わかりましたと答えて、妹とのランチをどうしようかと考えながら、振り向くと轟と目が合った。

「すみません、少しだけ待ってください!」

緑谷は自席に急いで戻ると、机の中からノートを引っ張り出して轟に声をかけた。

「轟くん!ちょっと頼み事していい!?」

「かまわねぇけど」

「ありがとう…!泉のノートを届けるついでに、今日は行けないと思うって伝えて欲しいんだけど、お願いしても良い…?」

「分かった」

「ノート、これです。ごめん、よろしくお願いします…!」

「すまないね、轟少年、緑谷少年。ちょっと急ぎでね…!緑谷少女にも会ったときに詫びておくからさ」

そう言って、オールマイトは緑谷を連れて早足で行ってしまった。

2人を見送ってから、轟は緑谷から預かった泉のノートを手に教室を出た。






「緑谷泉はいるか?」

教室で兄が迎えにくるのを待っていた泉は、予想外の声に驚いた。

「はい!ここに…!います!」

立ち上がって、急いで髪の毛を撫でつけた。さっきの演習で乱れた髪がボサボサに見えないことを祈った。好きな人には少しでも可愛く見られたいのだ。

「どうしたんですか?」

兄と一緒に轟も来たのだろうと、轟の背後を見るが兄の姿は見当たらない。しばらく前に兄の部屋に忘れてしまったノートを、轟が差し出した。今日兄が持ってきてくれるはずだったものだ。すごく嫌な予感がして、泉は眉間に皺を寄せた。

「緑谷の代わりにノートを届けに来た。オールマイトと話があるみたいで、泉に行けなさそうって伝えてくれって」

ノートをじっと見つめてから、黙って受け止った。届けてくれた礼を述べなければならないと、泉は口角を上げて笑顔を作った。

「…そうなんですね。ありがとうございます」

兄とお昼ご飯を食べるのを楽しみにしていたのに、残念でならない。と顔に書いてあるようだと轟は思った。

「最近インターンですれ違ってなかなか会えてないんです。夏休み中なんて特に会えなかったので…お兄ちゃん、元気ですか?」

「あぁ」

「…そっかぁ…お兄ちゃん来られないのかぁ…。でも、しょうがないですね!」

半分泣きそうになりながら、自分を納得させようと、繰り返ししょうがないと呟いた。

「なら、俺と食べるか?」

「えっ!?」

轟の発言に驚いて思わず大きな声が出てしまい、慌てて両手で口を塞いだ。それってつまりと口に出すが、先の言葉は続かない。2人きりなのかと問いかけたかったが、2人きりだなんて自惚れたことを聞けるはずがない。
赤い顔で口をパクパクさせながら、手を上げ下げしていた。
不思議そうに泉の様子を観察していた轟は、しばらくして何かに思い至ったように顔を曇らせた。

「悪い…俺じゃ緑谷の代わりにはなれねぇよな…」

「…そんなことは…!全然、ないです…!…轟さんは他の約束とか…」

「約束してるわけじゃねぇし、良いだろ。俺としては泉が元気ない方が気になるから」

その言葉に泉はまた顔を真っ赤にした。

普段一緒に食事を取ることが多い飯田なら、後から理由を話しても気にしないでくれるだろう。泣きそうになっている友人の妹を放っておいたと知れば、窘められる気がした。
それよりも、泉にはただ元気に笑っていてほしかった。


「泉」

その様子を教室の端から見ていた光が、幼なじみの名前を呼んだ。泉はほっとした様子で振り返った。

「…光…」

「どしたの」

ゆっくり近づいて隣に立つと、優雅な仕草で泉を抱き寄せて、轟を威嚇するように睨んでいた。隣に幼なじみが来たことで、泉は少し平静を取り戻せた気がした。

「今日お兄ちゃんとご飯食べられなくなっちゃったの。そしたらね、轟さんが…」

泉はその先を言えずに顔を真っ赤にした。全てを察した光は、嫌そうに顔を曇らせた。

「いずくんと食べないんなら、あたしと食べるに決まってんだろ」

心底忌々しそうに光は言い放ち、さっさと帰れよと追い払う仕草をした。

「そんなことしないの!」

光の手を掴んで下におろしながら、泉は何か思い出したようにあ!と大きな声を出した。

「そうだよ!」

光は幼なじみが分かってくれたのかと一瞬考えたが、泉の性格上それはありえない。

「嫌な予感しかしない」

そう呟いて軽く目を瞑った。

「3人でお昼ご飯にしよう!」

手を合わせてニコニコ笑う泉に、光は頭を抱えたい気分になった。

「ほら、やっぱり」

光は嫌そうに深くため息を吐いた。

「だって、大好きな幼なじみと大好きな人が仲良くしてくれたら嬉しいもん!」

嬉しそうにはしゃぐ泉に、光は何も言えなくなってしまった。いつもの調子を取り戻したように、泉は楽しそうに笑っていた。

「轟さん、それでも良いですか?」

「あぁ。じゃあ、行くか」

「ちょっと待ってもらってもいいですか?ノート!置いてきます」

返事も待たずに笑いながら、自分の席に向かった。光は、泉を目で追ってる男を見上げるように睨んでいた。

「…どうかしたか」

見られていることに気がついた轟が光の方へ目線を向けた。睨まれているとわかっているはずなのに、動じない男に光はイラついた。

「…2人にはさせねぇからな」

光の言葉に轟は振り向いて、首を傾げた。何を言われているかわかっていないようだった。

「2人?」

光は舌打ちをしただけで、それ以上は何も言わなかった。泉がキラキラした顔で目の前に立っていた。光は遠い目をしながら、泉の頭を撫でた。

「泉はかわいいな」

「急にどしたの?」

「現実逃避かな」

「…よく分かんないんだけど…?」

泉は怪訝そうに眉を寄せたが、すぐにパッと輝く笑顔になった。

「でも、ありがと!光、大好き!」

ぎゅっと幼なじみに抱きつくと、光もそっと抱きしめ返してゆっくりと、それを確認するかのように同意した。

「あたしも」

幼なじみの言葉に満足した泉は、体を離すと光の手を繋いで、轟を振り返った。

「轟さん、お待たせしました!」

「あぁ、行くか」

「じゃあ、行こ!」

泉は楽しそうに顔を綻ばせ、不服そうな顔になってしまった幼なじみを引っ張って歩き出した。泉と一緒なのは嬉しいが、大好きな幼なじみの好きなやつに好意を持っているとは限らない。

「嬉しそうなのが腹立つ…でも泉可愛い…」







「今日はありがとうございました!」

食堂を出て、並んで歩きながら泉はいつものように楽しそうに笑っていた。食事中の会話のほとんどは泉が喋っていたのだが、大好きな幼なじみと好きな人と一緒にいられるだけで嬉しかったのだ。

「いや、俺も楽しかった。…インターン頑張れよ」

「はい!」

笑って返事をした泉を、轟は立ち止まってじっと見つめた。泉は見られて体を硬くした。

「良かった、笑ってるな」

ふっと表情を緩めると、安心したように柔らかい笑みを浮かべた。泉は目の前がきらきらと輝いたように感じた。轟が自分の笑顔を気にかけてくれていることが、恥ずかしいけれど嬉しくもあった。

「好きです」

泉ははにかみながら、いつものように好意を口に出した。
言ってしまってから、少し前に同じ言葉で轟が顔を曇らせたのを思い出して、ハッとした。轟は先日と同じようにほんのちょっと眉を寄せていた。

「あ…ごめんなさい」

「なんで謝るんだ?」

いつもと同じ表情になった轟は、泉の謝罪の意味がわからないらしく、怪訝そうにした。

「え…?」


自身がどんな表情をしているのか、何故知らないのか。

何故自分が謝られたのか。

しばらくの間、お互いの疑問を頭の中で考えながら、黙って見つめ合ってしまった。


「あの、轟さんは…」

私に好きと言われるのは嫌いですか?と聞こうとして、先を続けられなかった。そう聞いてしまえば、轟が否定するだろうということを泉は知っていた。でも、それは方便で、不毛な恋に終わっても良いと言っていたのに、嫌いだと言われるのが怖いのが一番の理由だ。

何か、何か別のことを言わなければ。気持ちばかりが焦った。轟も何も言わずに静かに、泉の言葉の先を待っていた。


「…ごめんなさい。何を言おうとしたか忘れちゃいました」

困って、嘘をついた。すぐバレてしまう嘘なのに、轟はそうかと頷いた。

「え、っと、じゃあ…光が待ってるので、行きますね」

泉は早くその場から立ち去りたくて、光がいる方へ身体を捻った。

「午後も頑張れよ」

「はい。轟さんも頑張って下さい。ではまた今度!」

もう一度気合を入れて、笑顔を作った。



「光…」

離れたところでずっと様子を見ていた幼なじみに、泣きながら抱きつきたいと思った。
泉が何をしたいか察した光は、普段なら抱きしめているのだが、組んでいた腕を解かずに問いかけた。

「あたしにして欲しいことある?」

「手、貸してほしい」

どちらの意味とも取れる要求をすると、光は迷わず手を差し出した。

「ん」

差し出された光の手を泉は、ぎゅっと握った。光も静かに力強く握り返した。それだけで、泉は心強かった。


轟に自分の疑問をぶつけてほしい。
轟がどう思ってるか、聞いて欲しい。
そんなことを考えたが、それは絶対にしちゃダメなやつだと首を振った。


「光」

「ん?」

「私、笑っていていいんだと思う?」

「…泉がどうしたいかによるでしょ」

「そう、だよね」

「でも、あたしは笑顔の泉が好き」

その言葉は励ましではなく、ただ光が思っている事実だ。そのことを泉はきちんとわかっている。

「ありがと」





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ちょっと不穏な感じです。と先に後書きを書きましたが、書き終えたら意外とそうでもないっぽい…?
当初はお昼ご飯を3人で食べるだけの話でしたが、なんか長くなったし私も想像してなかった展開になってます。
なんでこうなった。
久々登場の幼なじみちゃん。彼女は、幼なじみの恋に対して何もしないと決めています。牽制はするし、側にいることはしますが。



2021.09.07


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