ラブ&ヒーロー

□1年過ぎてましたっていう話
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一緒に暮らし始めてから、1年ほど経ったとある日。21時すぎに轟が帰宅すると、電気が点いているのに家の中が静かだった。

「…ただいま」

靴を脱ぎながら耳を澄ますが、奥のリビングからは物音がしない。

「泉?いねぇのか?」

今日は先に帰っているはずだ。家にいれば、必ず出迎えてくれる泉が出てこないのを不思議に思った。風呂に入っているのかと思ったが、何の音もしない。
急いでリビングの扉を開けると、泉は目をつぶって正座していた。座ったまま寝ているのか?

「…泉?」

そんなことを考えながら呼びかけると、泉はまぶたを静かに開いた。

「轟さん、お話があります。そこに座って下さい」

目の前を指差し、座るよう促した。
その真剣な表情に黙って従い、泉の前に座った。ヒーロー活動をしているときのような静かな瞳に、轟は緊張してしまった。何を言われるのかと考えていると、泉があ、と小さく呟いてふにゃりと表情を崩した。いつもの顔だ。

「ごめんなさい。まずはおかえりなさいですね…!忘れてました、すみません」

「いや…」

「おかえりなさい」

泉は轟が帰ってきたことが嬉しい、というように笑顔を浮かべた。

「…ただいま」

少し緊張が和らいだ気がしたが、すぐにまたキリッとした表情に戻った。
そういえば、泉の真剣な顔を正面から見たことはあまりないなと轟は考えていた。

「今朝カレンダーを見ていて気がついたのですが、一緒に暮らし始めてから1年が経ちました」

言われて、リビングにかけてあるカレンダーを見た。1週間以上前の日付に丸がついていた。新しいカレンダーを用意するときに、泉が「一緒に暮らし始めた日を書いておいたら忘れないと思うんです」としるしをつけてくれていたものだ。忙しすぎたせいで忘れていた。

「悪い、忘れてた」

「いえ、私も自分で書いたくせに全くもって覚えていなかったので、その件については何も言うつもりはないんです。…こんな私ですが、一緒にいてくれてありがとございます」

泉が深々とお辞儀をするので、轟もつられてお辞儀をした。

「俺の方こそ、ありがとな」

顔を上げると、泉は恥ずかしそうに首を振った。

「で、ですね。その話は一旦置いておきます」

横においといて、のジェスチャーをして、泉は話を続けた。

「今日、デクに用がありまして、お兄ちゃんのところに行ってきたんです」

相変わらず名前がごちゃごちゃだ。泉がいつまで経っても緑谷をヒーロー名で言えないのは、よく知られていることだった。仕事中に間違えてお兄ちゃんと呼びかけて、本人に怒られているのをたびたび目にしていた。

「今日もお兄ちゃん格好良かったです。お兄ちゃん大好きって言ってしまいました」

これも周知の事実だったが、轟は少し妬けてしまった。兄の緑谷には熱烈な愛情表現をしているのに、自分には恥ずかしがってしまってなかなか言ってくれない。

「そこで、ふと気がついたのです。私、お兄ちゃんに好きとか大好きとか格好良いとか…言い過ぎると思うんです」

あまりにも真剣な表情で言うので、轟は思わず口の端をあげて笑った。

「知ってる」

轟が笑うと、泉は顔を両手で覆い隠して呻き声をあげた。

「…うっ…顔が尊い…」

小さく呟くと、慌てたように首を思い切り振った。何かと忙しい奴だ。

「それでですね。思ったのですが、私たちも付き合いが長くなってきましたので、その、好きだと思ったときには…お互いに言うようにしたらいいんじゃないかと思ったのです…」

だんだん姿勢を崩していき、最終的には突っ伏してしまった。耳まで赤く染まっており、泉がかなり勇気のいるようなことをしているのだと分かった。

「あ、でも、あんまり言い過ぎてしまうと、私が轟さんを好きすぎて気持ち悪いことが垂れ流しになってしまうので、程々にしたいのですが…!半分は自分が慣れる意味もありまして…!お付き合いをさせて頂いてからもう、随分経つのに、未だに慣れなくてですね…お兄ちゃんには言えるのに、かっ…か、れしである轟さんに言えないのはおかしい、と思いましてですね…」

突っ伏したまま、早口にしゃべる。緑谷がぶつぶつ喋ってるときと同じだなと思いながら、轟は聞いていた。

「…考えてみれば、そんなに言ってねぇな。泉がいつも言ってくれるから…」

「えぇ⁉︎私そんなに言ってます?」

驚いて身体を起こした泉に、轟は少し考える仕草をした。

「少なくとも俺よりは言ってるだろ」

そんなに言っていないと思っていた泉は顔を赤くした。

「分かった。言うようにする。あと何か話あるか?」

「いえ、これだけです」

「じゃあ…」

轟は少し腰を浮かせて、泉に近づくと座り直した。膝と膝がくっつきそうな距離に泉はどきりとした。

「泉、好きだ」

何をされるのかとドキドキしながら待っていた泉は、その一言に胸がいっぱいになった。


「…俺を好きになってくれて、一緒に暮らしてくれてありがとう。泉が笑顔で出迎えてくれたり、俺のが先に帰ってきても家に泉の気配があったり、家に帰ってくると気持ちが落ち着くんだ。家って食べて寝るだけの場所だと思ってたが、泉のおかげで帰ってくるのが楽しみになった。これからもよろしく頼む」

ぽろぽろと溢れ落ちる涙を拭いながら、泉は笑った。

「急に供給過多ですよ…」

「今言いたかった」

立ち上がってティッシュを持ってくると、泉の涙を拭き取った。

「まだある。泉が家に帰ってきて、俺を見て顔を綻ばせるのが好きだ。泉の何気なくいうおはようや、いってきます、いってらっしゃい、ただいま、おかえり、おやすみなさいが好きだ」

「あの…わたし、幸せすぎて死んじゃいます…もう、…もう十分です」












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後書き長めです↓

その後、これに了承した轟はやたらと好きだと言ってくるので、夢主は「そんなに無理に言わなくても良いですよ!?」と言うのだけど、「無理じゃねぇ。そう思ったから言ってるだけだ」と平然と言うので、夢主が撃沈する話を書きたかった。と2017年の私が書き残していました。
最後の方は付け加えましたが、無事に形に出来ました。

今の私のイメージでは、夢主はいつでも愛情表現をする子なんですが、4年前はそうでもなかったぽいですね。

定期的に私の脳内で、アシミナちゃんが「泉はさー、どーして轟が好きなの?」と聞いているのですが、一度として彼女が答えてくれたことはありません。
いえ、答えるには答えるんですが、困ったように笑って「どうしてでしょうね?」なんて言うんです。体育祭の表彰式で轟を見た時に、「私、この人を愛したい」と思ったのが彼女の恋の始まりです。以来ずっと、ただ轟が好きなのです。存在というか、轟そのものというか、どこが好きかというのは分からないらしいです。
兄の好きなところはこれでもかってくらい言えるんですけど。いつか言えたら良いな、と思ってます。


2021.09.11


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