ラブ&ヒーロー

□パパはヒーローじゃない
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「どうした?」

「…パパ?」

仕事中には電話をかけてこない妻からの電話に驚いて出ると、幼い息子の声がした。
声の主に耳を疑い、スマホの画面を見ると妻の名前が表示されていた。確認したところで、息子の名前が表示されているわけはないのだが。

「パパ?」

反応がない父親に、息子はもう一度呼びかけた。驚いて返事するのを忘れていた。

「ほむらか?」

「うん、ほむらだよ」

「どうした、ママは?」

「べにちゃんとゆきちゃんおねつでちゃってね、いっぱいないてて、ママ、たいへんだっていっててね、パパにたすけてもらおうよっていったら、パパはおしごとだからでんわしないのってママがいうの!パパ、ヒーローでしょ?ママをたすけて」

「…すぐに帰る。ねえさ…冬ちゃんに…いや、仕事か…」

子どもに合わせて姉を「冬ちゃん」と呼ぶのはいつまで経っても慣れない。おばさんて言われたくないと、姉が冬ちゃんと呼ぶのを提案した。

「うん、ふゆちゃんもおしごとってママいってた」

「おばあちゃんは…旅行だったな…」

妻の母と自身の母は旅行中だし、頼りになる兄の緑谷は遠方にいる。

「ママがプレゼントしたりょこうなんだって。だから、ママひとりでがんばるんだって…」

「頑張り屋のママには困ったもんだな…帰るまでの間、ママを助けてやってくれ。…できるか?」

「うん、ぼくがんばるよ!」

しかし、まだ幼いほむらには出来ることは多くない。

「出来るだけすぐ帰る。ママには秘密にしておいてくれ。怒られちまうからな」

「わかった!ありがとうパパ!」

「電話切るな」

「うん!」

そう言って電話を切って振り返った。事務所の同僚に声をかける。

「わるい、下の子が熱を出して大変らしいから帰る。緊急の用事があれば、呼んでくれ」

「確か下の子って双子だったよな」

「あぁ」

「…ふたりとも?」

「みたいだ」

「そりゃ大変だ。奥さんから電話?」

「息子から」

「ヒーロー応援要請だな、仕方ない。まあ緊急でも連絡しないように、こちらも頑張る。家族すら助けられないヒーローじゃ名折れだしな」

「ありがとな」

同僚に軽く頭を下げて、轟は急いで家に向かった。






「ただいま」

玄関を開けて中へ呼びかけると、奥の部屋の戸が開いた。

「パパだ!」

「え、パパ!?」

嬉しそうに笑う息子と驚いた顔の妻が、玄関にやってきた。

「どうしたんです!?仕事は?」

轟はほむらを抱き上げた。

「緊急の応援要請があった」

「緊急?」

「きゅうきん?」

「緊急だ、ほむら。…ヒーローを呼んだのは誰だ?」

「ぼく!」

元気に返事をする息子にそうだ、と言って笑った。

「え!?ほおくん…パパを呼んだの?どうやって?」

「ママのでんわで、パパにでんわしたよ?」

泉は額に手を当てた。

「もう…ほおくんたら…!パパはお仕事だって言ったでしょう」

「怒るな、泉。助けを求める人の元に駆けつけるのがヒーローの仕事だろ」

その言い方にムッとしたのか、泉が顔を顰めた。

「えぇそうですね!ヒーローの仕事ですね」

珍しく刺々しい言い方をした泉に、ほむらは怖くなったのか父親に抱きついた。

「…泉?」

そのとき、泣き声が聞こえた。
2人で黙っていると、泣き声が2人に増えた。

「俺が行く。泉は少し休め」

息子を抱いたまま、轟はリビングへ向かった。

「休めませんよ…!2人とも泣いてるのに…!」

泉は怒って夫の背中を追いかけた。

「疲れてるだろ。こっちは大丈夫だ」

「ほんとに…疲れてないですから。焦凍さんは仕事行ってください」

轟は振り返らず、リビングへ向かった。泉の言葉は嘘だ。疲れていないはずがない。幼な子を3人も抱えていたら楽なはずがない。

「…今日はもう行かない」

ほむらを下ろして、雪を抱き上げた。
泉は紅を抱き上げた。
抱き上げると、2人とも泣き止んだがぐったりとしていた。

「熱いな…」

「そうなんです。2人とも38度前後で…」

「病院は?」

そう問いかけると、さっきまでの話をもうしないと決めたように、娘たちの状態について話し出した。




病院で貰った薬を飲んで、双子たちは静かに眠っていた。
ほむらも両親が大変なのを分かってか、わがままを言わずに1人で静かに遊んでいた。

子供たちを寝かしつけたあとに、リビングで2人は一息ついていた。

「…2人とも落ち着いて良かったな」

「あの、焦凍さん」

「なんだ?」

「さっきは嫌な言い方をして、ごめんなさい」

「…疲れてたんだろ、2人とも体調悪いんじゃ仕方ない」

そうじゃないんです、と泉は首を横に振った。

「確かにヒーローは困ってる人を助けるのが仕事です。ほんとのことを言えば、お母さん、お義姉さん、頼る人がいなくてどうしようかと思いました。困ってました。でも、焦凍さんはヒーローで平和を守るのが仕事で、私もヒーローだからよく分かりますし!頑張ろうって…!思ってたのに…!」

泉は溢れた涙をぐいっと腕で拭った。

「泉…」

抱きしめようと腕を伸ばすと、弾かれた。

「まだ話は終わってませんけど!ちゃんと聞いてます!?」

見上げるように睨んでいる妻に、轟はたじろいだ。こんな風に睨まれることは滅多にない。

「…聞いてる」

「ほおくんが私のために、パパに電話してくれたことをすごいと思います。焦凍さんがすぐに帰ってきてくれて嬉しかったです。でも。…助けを求める人の元に駆けつけるのがヒーローの仕事だから?何ですかそれ。焦凍さんにとって私はヒーローショートが助ける民間人の1人ですか?」

何が言いたいのか分からなかったが、轟は静かに妻の話を聞いていた。

「雪と紅は私と焦凍さんの子どもで、焦凍さんは父親なんですよ。……仕事気分で帰ってくるくらいなら、1人で3人見てる方がいいです」

「じゃあ、帰ってこないほうが良かったんだな?」

そう言って轟は泉に背中を向けた。

「私は!旦那さんに帰ってきて欲しかっただけなのに!ショートじゃなくて!なんでそんなこと言うんですかー!?焦凍さんの馬鹿ー!!」

うわーんと子どもみたいに泣き始めた泉に、轟は驚いて振り返った。

「私の優しい旦那さんはどこですか!」

泣きながら言う泉を轟は抱きしめた。

「ごめん」

ぐすぐす泣き止まない泉の背中を撫でながら、轟は困った顔をした。

「でも、ほむらがヒーローなら助けてって言ったんだ。ヒーローが来たぞって言ってやりたくて」

「分かってます…!分かってますけど!家族のことが心配だから帰ってきたって言って欲しかったんです!」

泉の半ば叫ぶような声に、轟はため息をついた。体を離して、じっと泉の瞳を見つめた。

「お前の言い分を聞いたから、俺も言わせてもらう。…お前が無理をして、倒れたらどうしたんだ?泉が倒れて、家に子どもたちだけだったらどうしてたんだ?ほむらはまだ6歳だぞ。6歳のほむらに何が出来ると思う?」

「……」

泉は身を固くして、黙って俯いてしまった。

「今回はたまたま良かったんだ。ほむらが電話をしてくれて良かった。最悪を考えてくれ。俺は、泉と子どもたちを同時に失いたくない」

轟は泉の両手を握った。まだまだお前たちと一緒にいたいんだ、と強く握りしめる。

「お前が頑張り屋で、一生懸命なのはわかってる。でも、困ったことがあるなら、言ってくれ。もっと俺を頼って欲しい。…俺たちは家族だろ」

「…ごめんなさい…」

「どんな時も一緒に過ごすって泉が言ったんだろ。それの中には辛い時や大変な時も入ってるだろ?」

楽しい時だけでは辛い時も泣きたい時も、どんな時でも一緒に過ごしたいと言ったのは泉だ。こくんと頷くと、背後からほむらの声がした。


「ママぁ?パパぁ?」

眠そうに目を擦るほむらに、妻の手を握ったままの轟が尋ねた。

「どうした、ほむら」

「…あのね、ぎゅっとしてねたいの…」

ほむらは申し訳なさそうに俯いた。今日1日妹たちで手一杯な両親に我儘を一切言わなかったのだ。寂しくなったのだろう。

轟と泉は互いの顔を見つめた。先に動いたのは、轟だった。妻の手を離し、息子に近づくと軽々と抱き上げた。

「ほむら、今日はありがとな」

「なんで?」

「ママのために、パパを呼んでくれてありがとう」

泉が轟に歩み寄り、息子ごと抱きしめた。ほむらに頬擦りをすると、くすぐったそうに笑った。

「雪と紅のために今日1日我慢してただろ。おかげで助かった」

「ぼく、えらい?」

「あぁ、偉い。でも、いつも偉くなくても良いんだからな。…泉、今日はほむらと寝てやってくれ。俺は雪と紅と同じ部屋で寝る」

「でも…」

「何かあったら呼ぶから、休める時に休んどいてくれ」

轟は妻に息子を預けた。夫の表情をじっと見つめていた泉は、今日初めて見る笑みを浮かべた。泉が笑ったことに轟は、ほっと胸を撫で下ろした。

「分かりました。ほおくん、ママと一緒に寝ようね」

「…うん」

ほむらは嬉しそうに、恥ずかしそうに頷いた。

「おやすみ、ほむら」

「おやすみ、パパ」

「そうだ、ほむら」

「うん?」

「パパはヒーローじゃないんだよ。パパはパパなんだよ」

泉は嬉しそうに笑いながら、息子を抱っこしたままリビングを後にした。




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ほおくんがパパに「パパはヒーローでしょ、たすけて!」って言うところだけが書きたかっただけで、『パパはヒーロー』という題を付けていたのに、ずいぶんと膨らんでしまいました。

じゃないをつけるだけでちょっと不穏な題名になっちゃったけど、パパはパパなのでこれでよし。たぶん。


2021.09.19


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