ラブ&ヒーロー

□ねちゃってるね
1ページ/1ページ


その日、緑谷兄妹は3-A寮の共有スペースで一緒に勉強していた。それまでカリカリ音を立てていた泉の手が止まった。ふと横を見ると、泉が船を漕ぎ始めていた。驚いて時計を確認すると、22時を回っていた。

「えっ!?もう10時すぎてる…!」

よく集中していたせいで、2人とも泉が眠くなってしまう22時を過ぎていたことに気がつかなかったのだ。緑谷は慌てて妹を揺さぶった。

「泉!寝ないで!荷物置いてきたら送ってくから、待ってて…!」

「う〜ん、がんばる…」

泉は兄の言葉を聞いて、眠気に負けないように頑張ってカッ!と目を見開いた。
急いで自分と妹の勉強道具を片付けてから、自分のものを持って立ち上がった。そこへ風呂上がりの轟が通りかかった。

「轟くん!泉見ててくれる?!お願い!」

早口にそれだけを伝えると、勉強道具を持った緑谷はエレベーターに急いで乗り込んだ。

「…緑谷はどうしたんだ?」

状況が分からずに轟は、泉の背中に話しかけるが返事はない。

「泉?」

不思議に思って正面へ回ると、泉は俯いて静かに寝息を立てていた。時計を見ると22時をとっくに過ぎていた。

「寝てんのか」

22時を過ぎると寝てしまう、と聞いてはいたがどうやら本当だったようだ。
勉強道具がまとめられていることに気が付き、兄が荷物を片付けてから送りに行こうとしているのだと思い至った。
見ててと言われたので、言葉通りに泉を見ていると、体がゆらゆら揺れだした。このままでは椅子から落ちそうだと思った轟は静かに椅子を寄せて、隣に座った。泉の頭を自分の肩に乗せてやると、泉は安心したような表情になった。

「あったけぇな」

自分も風呂上がりで温かいのだが、元々体温の高い泉のぬくもりが肩越しに伝わる。

泉の隣にいる心地よさに、轟もだんだんと瞼が重たくなってきた。側にいるだけなら心が乱されることもない。ここ何ヶ月か好きだと言われるたびにざわついていた気持ちが落ち着いていった。

 



「…これは困ったことになってるぞ…」

自室に荷物を置いた緑谷は、部屋を出て隣人に捕まってしまい10分ほど足止めを食ってしまった。急いで1階に戻ってくると、妹が轟の肩に頭を乗せ、その頭に轟が頭を乗せて、2人並んで座っていた。

「泉?轟くん?」

控えめに声をかけてみるが、返事がない。
おそるおそる、正前に回ってみると、2人とも揃って気持ち良さそうに安心しきった表情で眠っていた。
なんとも無防備な姿だ。

腕を組み、どうしようかと考えていると後ろから声をかけられた。

「緑谷?」

振り返ると、瀬呂が不思議そうな顔をして立っていた。

「そんなところで立ちつくしてどうしたんだ?」

「瀬呂くん」

喉が渇いて飲み物を取りに来てさ、と瀬呂は言った。

「これを見たら、みんな立ち尽くすと思うよ」

緑谷は再び立ち尽くしていた原因の2人に視線を戻した。お互いにもたれ合って寝ているらしい泉と轟の姿に瀬呂も驚いて目を見開いた。

「どーなってんの、これ」

歩き出した緑谷について正面に周り、寝入っている2人の安心した表情を見た。

「…これは…」

「ね、困っちゃうでしょ?」

「気持ち良さそうに寝てんな」

「…そうなんだよねぇ…」

何か考えるように眉間に皺を寄せてから、ポツリと呟いた。

「付き合い始めた?」

「……付き合う?誰と誰が?」

きょとんとして、緑谷が隣に立つ瀬呂を見ると、2人を指さした。

「泉と轟が。そういう距離感に見えね?」

「……泉と轟くんが、付き合う?」

「そ」

突拍子もないことを尋ねられて、緑谷は目を丸くして寝ている2人と瀬呂との間を、視線を行き来させた。いつでもどこでも好きだとアピールしている泉のことを、知らないクラスメイトはいない。よく考えれば突拍子ないわけではないのだが、泉からは何も聞いていない。

「えぇっ!?ないと思うよ!?僕何も聞いてないし…!」

驚き過ぎてあまりにも大きな声が出た。泉が自分に何も言わないはずがない。寝ていた轟の肩がびくり、と跳ね上がった。

「バッ…声でけーよ!轟起きちまったじゃん」

「ご、ごめん!轟くん起こしちゃったね…!」

「…緑谷、戻ってきたのか…」

あくびをして、轟は泉が起きてしまわないように気をつけながら、そっと首を回した。

「温かくて寝ちまった」

「体温、高いもんね」

まだ困惑しながら返事をする緑谷に対し
、轟は柔らかな笑みを浮かべて、すやすや眠る泉を見つめていた。轟の優しげな笑みに緑谷と瀬呂は思わず顔を見合わせた。

なっ?と小さな声で言って、瀬呂は首を傾げた。緑谷は瀬呂と泉たちを何度も交互に見てしまった。いい雰囲気っぽいのは分かるが、泉が自分に何も言わないわけがないのだ。
何ヶ月か前に泉が教室で泣き出してしまった日の、轟の表情が気になっていた。いつもと変わらない表情なのに、どこか苦しそうに泉を見つめていた。緑谷が考えていると、轟が思い出したように顔を上げた。

「泉送るんだよな。ひとりで大丈夫か?」

泉と轟の関係に何か変化があれば、必ず教えてくれるはずだ。2人が何かを言ってくれるのを待とう。緑谷は大丈夫、と笑った。

「向こうで光ちゃん待ってくれてるはずだし。泉といてくれてありがとう」

幼なじみの光は今頃、泉の帰りを待っているだろう。玄関に座って頬杖をついて、待ち侘びている。
緑谷は泉の横にしゃがみこんで、器用に妹を背負うと立ち上がった。机の上に勉強道具を片手で持ち、片手で背中の妹を支えた。

「瀬呂くん」

「ん?」

「たぶん違うと思う」

「だろうな」

「だから、そっとしてほしいな」

ため息をついて、瀬呂はりょーかいと片手を上げた。

「おやすみ、轟くん。瀬呂くん」

「あぁ、おやすみ」



子供のようにすやすや眠る妹の体温を感じながら、緑谷は2-A寮まで急いで歩いた。そっと玄関を開けると、予想していた通り金髪の幼なじみが不機嫌そうに座っていた。

「良かった。やっぱり待っててくれたんだね」

いくら寝てしまった妹を連れてきたとはいえ、自分の寮ではないのに、ずかずかと入り込むのは気が引けていたのだ。
ほっとして笑うと、光は不満そうに口を尖らせた。

「遅いよ、いずくん」

光は玄関に座り込んで、自分の膝の上で頬杖をついていた。緑谷の背中には気持ち良さそうに寝息を立てている泉を見つけて、微笑ましそうに表情を緩ませた。

「まあ、爆睡してるよね。22時過ぎてんだし」

玄関に座り込んでいた幼なじみに、先程のことを言うべきか緑谷は迷っていた。

「なんかあった?」

言えずに迷っていると、先に尋ねられたので緑谷は目を丸くした。

「へ?」

光は立ち上がると、もらうよ、と緑谷が持っていた泉の勉強道具を引き取って歩き出した。

「いずくん、すぐ顔に出るから。泉になんかあったんでしょ。言ってよ」

エレベーターに乗り込んでから、緑谷は重々しく口を開いた。

「さっきね、泉が寝ちゃった横に轟くんが座ってて、2人で頭くっつけて寝てたんだよ」

「は…?」

「2人とも気持ち良さそうでさ…」

「あの野郎、いっぺんシメたる」

舌打ちをして、暴言を吐いた。

「…光ちゃんは、泉と轟くんのことどう思う?」

「焦ったくてうざい」

即座にばっさりと言い切った光に、緑谷は思わず笑った。幼なじみの兄妹は、2人とも泉の恋を見ているだけで、何も言わないと決めているらしいことは分かっていた。

先日「笑っていていいんだと思う?」と尋ねた幼なじみの出した答えが、どうだったのかを光は聞いていない。

「それって泉にも?」

「当たり前じゃん。猪突猛進の泉が悩んでるのも意味わかんない」

光は呆れた様子でため息をこぼした。笑っていて良いに決まってる。泉の笑顔が光は好きだ。あの気に食わない男もそうだろう。そのことを泉はまだ気がついていない。外野が余計な口出しをしない方が2人にはいいのだと光は考えていた。

「でも、それが恋愛なんだよなぁ。あたしには良くわかんないけど」

「僕にもわかんないけど…」

「半分野郎は気に食わないけど、こいつらの問題だから…」

泉の部屋のドアノブに手をかけて、光は幼なじみの顔をじっと見つめた。

「いずくん。余計なお節介やいたらダメだからね」

「はい」

気をつけないと余計なことをしそうだ、と書いてあるような顔をして、緑谷は返事をした。

「このまま、一生先に進まなくてもいいけど」

「光ちゃん!」

「はいはい、冗談だよ。でも、余計なことして、こじれて、泉が泣くのは嫌だな」

「それは僕も一緒だよ」

緑谷は部屋のベッドに泉を寝かせて、頭を撫でた。

「だから、見守るだけ。でしょ?」

振り返って問いかけると、光はため息をこぼした。

「あたしは出来てるから、いずくん頑張ってよ?」

「頑張るよ…」

緑谷は泉の穏やかな寝顔を見ながら、おやすみと呟いた。光は幼なじみを部屋の入り口まで見送った。

「鍵閉めたいから、あたし今日は泉の部屋で寝る」

「そっか。じゃあ…おやすみ、光ちゃん」

「いずくんも。おやすみ」







---------
私も見守ってるだけがいいです。


2021.10.19


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ