ラブ&ヒーロー

□笑みと笑う
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「笑っていて、いいんだと思う?」

それは何ヶ月か前に幼なじみにした質問だ。どうしたいかによるでしょ、と幼なじみは考える様子もなく答えた。
他人にしたら素っ気なく思える返事だけど、光なりの励ましだ。私の恋を静観すると決めているらしい光は、多少の牽制はしつつも、余計なことはしない。




「あ…!」

食堂を出て、教室に戻る途中にある廊下に轟さんが立っていた。誰かを待っているのかもしれない。私が気づいたことに気がついて、手を挙げる。

「ちょっと行ってくるね」

一緒にいた光を振り向くと、頭を撫でて歩いていってしまった。光の後ろ姿を見送ってから、轟さんに駆け寄る。

ここの廊下は陽当たりが良いのに、準備室しかないからかいつも静かだ。

「轟さん」

「久しぶりだな」

頷いてから、周りを見渡す。お兄ちゃんや飯田さん、誰かを待っているのかと思ったが、人の気配はない。
ひとりですか?と訊ねると、そうだと返ってきた。

「どうしてここに?」

首を傾げると、轟さんは爆弾を投下する。

「泉に会えるかと思って」

え。と声に出したはずが、驚きすぎたのか、口がぽかんと空いただけだった。

「口が空いてる」

轟さんがおかしそうに笑う。

「今日、たまたまですか…?」

震えそうになる声で聞いてみる。

「時々な。食堂の近くにいたら、見つけやすいだろ」

時々。
1人で立って、私を探していたってこと?私に会うために?

「泉がいつインターンに行ってるか知らねぇし、俺もインターンあるしな」

信じられない。心臓が撃ち抜かれたみたいに苦しい。

「嬉しいです…。私、轟さんに話したいこといっぱいあったんです」

「俺も、その話を聞きたかった」

穏やかだ。轟さんが静かに笑みを浮かべている。今、トキメキで心臓を鷲掴みにされたのに、轟さんの纏っている柔らかな空気で不思議と落ち着いてきた。
でも、どうしてそんなふうに笑うんだろう。

「…どうした」

私がじっと見ていたことに気がついて、轟さんはまたおかしそうに笑った。好きだなぁと思った。
なんでもないです、と首を振って話し始める。

「ちょっと前の話なんですけど、パトロール中にお蕎麦屋さん見つけたんです。車も通らないような、細い路地があって。マッドマンさんが、こういうところは見えにくいから要チェックって言ってて…。あ、今の事務所、マッドマンさんがいるとこなんですよ。マッドマンさん、色々と細かいところまでしっかり教えてくれるので、勉強になる、んです…」

なんでそんなに穏やかな表情をしているんだろう。前までも、こうやって私の話を聞いてくれていたけど、明らかに何かが違う。でも、何が違う?

「だろうな。骨抜は周りもよく見てるし、対応も柔軟だ。勉強になるんじゃないか。………どうした?」

見すぎてしまった…!慌てて首を振って話を続ける。

「お兄ちゃんも同じこと言ってて…1年のときの合同演習のときの話をしだしちゃって、止まらなくなっちゃって」

そのときのことを思い出しているのか、轟さんは遠くを見ていた。

「…どうした?」

私の話が止まると、轟さんが不思議そうに尋ねる。
また首を振るが、なんの話をしていたのか忘れてしまった。

「あれ、今なんの話してましたっけ…?」

「最初は蕎麦屋の話。そのあとはマッドマンの話だ。…今日なんか変だな」

轟さんに言われたくない。反射的に思ってしまった。演技のできない私、やはり顔に出たらしい。

「眉間に皺が寄ってる」

怪訝な顔になっていたらしい。ふと、轟さんが手を伸ばして、眉間の皺に触れた。
驚いて固まっているのに気が付かないのか、轟さんは眉間を撫でていた。

「ん、治ったな」

脳内で爆発が起きた気がした。
さっきまでも微笑みを湛えていたけど、今は満足したように口角をあげていた。
手を離されてすぐ、両手で顔を覆った。顔が真っ赤なのが分かる。耳の先まで熱くてしょうがない。これ以上は目に毒だ。

「…何してんだ」

「轟さんのことが好きすぎて直視出来ません」

「なんだそれ」

指の隙間から盗み見ると、喉を鳴らして笑っていた。

どうしよう。
やっぱり自惚れていいのかもしれない。

「泉といると退屈しないな」

「そうですか?」

今顔を見せてしまえば、気がついたことがバレてしまう。覆い隠したまま、会話をつづけようとする。

「またここで会えるか」

優しい声で訊ねられる。

「会えないときもあるだろうけど、昼休みにここで」

ちょっとだけ、表情を見たくなって、目を覆っていた手を下にずらした。

「…もちろんです」

答えると、轟さんは嬉しそうに微笑んだ。私はゆるむ頬を両手で押さえつけながら、思う。

私の好きな人は、私のことを好きなのかもしれない。

「そろそろ戻るか」

「はい」

私は轟さんを好きでいたい。
そして、笑っていたい。

「轟さん」

先に歩き始めた轟さんは、立ち止まって振り返ってくれた。
口元を隠していた手を外して、後ろで組んだ。

「好きです」

いつもように笑って言うと、轟さんはそうか、と微笑んでくれた。





2023.01.03


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