短編 

□パラパラ、掴みたかったこの手。
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あの時と変わらず桜が咲いている。
夜桜は静かに花びらを落としながらそれを見ていた私を安らかな気持ちにさせた。
一枚の花びらが風に乗って開いていた窓から手の平へと落ちる。…綺麗。


「素敵、だね。晋助。」


そう言って布団に横になっていた私は隣に座る彼に顔を向けた。


「……」


彼は先程から一向に口を開いてはくれずに私の一人語りになってしまう。全く、変な所で意地を張る人だなあ。


「貴方と過ごしたのはどれくらいだったかな?」


私はそうやって思いを張り巡らしてみる。
そう、桜。あの時も桜が咲いていた。



「今でも感謝してるんだよ、私。」



攘夷戦争が終わって私は絶望の淵にいた。
親族は愚か友達さえも失った戦争。
もはや自分一人が生き残った所で何が言えよう。
死にたかった。死んでしまいたかった。
なのに思い出すのは先に逝った掛け替えのない人達の言葉。
「貴方は生きて」「どうか幸せに」
そんな残酷な言葉を吐いて私を残した人々が頭の隅にチラつき死ねなかった。
どうかな、今思えばどこかで死ぬのが怖かったのかも知れない。
しかし今となってはどうだっていい。

彼が、彼がそんな私を救ってくれたから。




「…有り難う。」




あの時私に一緒に来い、と言ってくれた彼。嬉しかった。泣きそうになった。
私を必要としてくれた。孤独から救い出してくれた。




「有難う。」



いつからだったかな、私の生きる目的は貴方になったのは。
貴方がいるから私がいる。貴方の為に私は生きようって。
私の全てを捧げられた。




「もっと近くに来て」



彼の方へ寝床から精一杯手を延ばす。体が重い。


「!!!」

ゲホガホと咳をした。口の中で感じる慣れた鉄の味。押さえた手を見ると真っ赤に染まっている。これも見馴れた光景で私は笑いすら出てしまう。


「もう喋んじゃねェ」

「大丈夫だよ、」


ニッコリと笑うと彼は静かに私を見下ろした。その大きな手を握る。温かい。気持ち良い。



「ねぇ、今さらだけど私、晋助が指名手配犯だなんて信じられないよ。」



その手をなぞるように撫でて、溢れ出す愛しさを感じた。



「貴方はこんなにも優しいのに。」



見下ろす彼の頬を触る。
大好き、大好き、愛してる。




「もう少し傍に居たかったな、…なんて欲張りでダメだね。」


「…もう、話すな。」



視界が曇る。ああ、涙が出そうなんだ。
この気持ちを抑えることが出来ないんだ、私。




「晋助、」




彼は包帯をゆっくりと解く。その下に隠された左目を優しく触ってみた。
なんて幸せな人生だったのだろう。私はこんなにも愛すことが出来る人を見つけたんだ。なんて、なんて。







「…桜、桜の花びらが…、」




彼の頭についてる花びらを取ろうと手を延ばした。が、









パラパラ、掴みたかったこの手。








ぐたりと力が抜けた。瞬間心地良い温もりが全身を包んで意識は途絶えた。

もしかして、もしかしたら、
彼が私を抱きしめてくれたのかな?

ああ優しく不器用な愛しい人、







(いつかまた。)








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リクエスト作品(莉宮様)





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