短編 

□それは流るる時代と共に、男は私を巻き込んで理想峡を追う
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太股から飛び出た赤い液体に顔を歪ませ、体制を瞬時に整えながら鉛の弾丸が肉体を通過したかを確認した。
拳銃を使う天人に軽く舌打ちをしながら刀を構え直したが、膝の力が抜けてガクリと地べたへ倒れ込んだ。…駄目だ、力が入らない。

ニヤリとした敵に鳥肌が立つ。駆け出してありったけの力で首を絞めてやりたい。渾身の力を込めて体を起こした時、逸れを手で遮った男がいて一瞬身構えた。しかしその正体は紛れもなくアイツで、私は思わず安堵の息を漏らしたのだ。



「たかすぎ…」



瞬時に拳銃を構えて発砲する天人の腕ごと斬り捨てて、その軌道のままに今度は深く敵の心臓に刃を振るう。
ドサリと渇いた大地にまた一つ動かないものが増えて、空は厚い雲に覆われて行く。
見れば彼の手首から血液がポタポタと滴っていて思わずハッと息を飲んだ。


「高杉、ち、血が」

「アァ?」

「いや、だから血が」

「んなもん舐めときゃ治る」

「今時まだそんなことを言う馬鹿がいるだなんて、」

「立てないくせして口だきゃ立派なこった」



呆れる彼にムッとし、未だ流れる腿の血液を必死で手で止めようとする。ビリビリと持っていた布で応急処置、別にこんなことは慣れている。



「高杉も手首、貸して?」

「いらねぇ」

「強がるなこのチビ助」

「ほう、テメェは斬られてぇみたいだな」

「わ。怖い」



ガサリとした物音に耳を研ぎ澄ませ、目先に焦点を合わせると現れたのは巨体の集団。
斬り捨てても斬り捨てても天人というものは何故底知れず沸き出すのだろうか。
圧倒的な数に頭を抱えて刀を握る。息を整えた。

立ち上がろうとまた一度力を込めた時、ガクンと身体が下へと落ちた。足は鉛のように重く上がらないのだ、どうやら二本ともいかれてしまったらしい。悔しくて唇を強く食いしばれば突然身体が宙に浮く。驚愕して小さく悲鳴を上げた。


「ちょ、いきなり何するの!」

高杉が私を乱暴に草影へと突き飛ばしたのだ。
奴の後ろ姿に叫べば彼の上着がパタパタと揺れて動く。


「…黙って引っ込んでろ」


灰色の地面へと足を踏み出し彼女から離れる彼の声は低かった。
それでも受け入れられずに私は大きく首を降る。


「私まだ戦える!!」

「煩ェ邪魔だ。」

「で、でもあの人数は…!」

言いかけ改めて喉を鳴らす。一瞬最悪な最期を想像しかけて首を振った。ダメ、考えるな。

視界がぐわんと歪む。
自分の無力さに泣けてきたのだ。私は小さく鼻を啜る。ああ自分は此処までなのかもしれない。ふと見た地面の上では小さな蟻が巣穴へと姿を消して行った。




…ケジメを付けるしかない、か。

空気は淀んで砂煙りが立ち込める。
羽ばたく鳥さえもこの地を避けて、そんな場所にいる自分が酷く孤高な存在に思えて。
心が軋めばそれを耐えずに無理矢理亀裂に手をかけて、心を割けばいい。





「高杉、私を置いて行って。」





覚悟を決めた。












「…何言ってやがる」

彼はぎらりと睨みつけて私を見下ろした。
口だけで笑って「瞳孔開いてるよ」と静かに答える。ざわりと大地が揺れた。



「貴方一人ならこの状況でも逃げられるでしょ。勘違いしないで、一端引くのも勝ち残る為の戦術だよ。」


「くだらねェな、」


「高杉、早く。」


「黙れ」



彼の声は少し強かった。これは非常にまずい。一歩も私の前から離れない男をどうしたら此処から立ち去るように促すことが出来るのだろう。



「ただの女の命と、鬼平隊の指揮官の命、どちらが大事かなんて一目瞭然。…行って。」


奴は黙ったままだった。

その間にも足を押さえる手の力がギリギリと増して行く。



「お願いだよ高杉、」

思わず私は苦笑した。
どうしても彼には生き残って欲しいという個人的な感情が私を取り巻いているのだ。
この期に及んで彼への思いに気付いてしまったことに少しもどかしさを感じ、しかしそれが今の原動力であることに感謝しながら口を動かす。






「…私。貴方が好きなんだよ」




骨の随から響く激痛に顔を歪ます。
上下する肩を息で整えて下唇を噛んだ。




「だから、お願い。…行って。」



最早それは願望で、強制。
気が付けば蟻の巣穴を大きく手で掻き消していた。
彼等は出口を閉ざされた。









「ハッ……、」


彼は尚も呆れるように鼻で笑い、私を見て刀を構え直すのだ。

振動する、気がした。
これは大地が?
それとも私が?





風が、地上を擦り抜けた。













「俺を誰だと思ってやがる」




彼はニマリと口元を上げて笑う。
そして勢いよく走り出すと刀を構えて吠えた。
一斉に天人が高杉目掛けて武器を構える。私は目を見開き自分の足を動けと叩き付けた。













それは流るる時代と共に、
これはとある戦場で起こったそんなに珍しくもない些細な出来事。












静けさを取り戻した荒れ果てた大地。
ガサリ、ガサリと息遣いと共に足跡が響く。

薄暗い夜道に一人の男が女を背負いながら帰路を目指していた。


「…本っ当高杉の自意識過剰には呆れたよ。」

「いちいち煩ェな、少し黙っとけ。」

「それは無茶な注文だね。ほらキビキビ歩け高杉号!」

「落とすぞテメェ」









男は私を巻き込んで理想峡を追う








ふふふと笑ってその背中に顔を埋めた。少し血生臭い、優しい匂いがした。小さな声でありがと、そう呟いても彼は黙って歩き続ける。居心地の良い体温が移って、まるで一体化したかのように私の身体は彼へ溶けていく。もう少しで夢の世界へと消えそうな意識のなかで熱いキスを首元に落としてやれば、怪訝な顔付きで「今すぐ押し倒すぞオイ」と怒られた。






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リクエスト高杉(曜子様)



そして小さな蟻は新たな穴を掘り当て光を見付け出すのだ。
 






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