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□秋徒然
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「腹が減った」
先程からくうくうと奇妙な音が立て続けに響いていたからそうなんだろうとは思っていたがいざ言葉で訴えられるとそれはそれで鬱陶しいものなのだった。
 
「帰れば?いつまで居座る気なの。あとベッド降りて」
 
いわゆる"良いところ"に入った本から目を離さず口だけで攻撃する。
 
「雲雀が構ってくれるまでだ」
 
了平はまだベッドに俯せになったまま顔を枕に沈ませている。
「それはないね」とせせら笑ってみせるとブツブツ文句を言っていた。
何より今日は呼び出した覚えがないのだ。
一人で伸び伸び過ごそうとしているところへこの台風のような男が押し掛けてきたのだ。
 

突然ピンと跳ね起きたかと思うと「雲雀、シャンプーは何を使っているのだ?」と聞いてきた。
CMでよく見る製品の名前を挙げると「やはり」と呟いて、また寝転がった。
 
「なに」
「京子が同じものを使っている」
 
枕に顔を埋めたまま、くぐもった声で返事をよこした。
とっさに引き剥がしにかかる。
 
「な、何をするのだ」
「馬鹿!」
「何故赤くなってる」
「馬鹿!」
「了ちゃーん、お夕食食べていったら?」
 
台所から、間延びした母親の声がした。
 
「食べる!」
「ちょ……母さん勝手なこと言わないで!了平もう帰るって」
「言っとらん!」
 
一回ビンタをして(了平は壁に叩きつけられた)夕飯キャンセルの旨を伝えにいく。
残念がる母親を宥め部屋に戻ろうとすると、帰り支度を済ませた了平がいた。
 
「……あれ、帰るの」
「帰れと言ったのはお前だ」
 
ふいとそっぽを向かれた。少し拗ねているようだった。
 
「だっておばさんご飯作って待ってるだろ」
「最近京子がキャベツにハマっててな。夕食がへるしーなんだ。」
「そういえば痩せたね」
「俺が痩せても意味がないのだがな。肉が食いたい。」
 
玄関に送りにいく途中母さんが台所から顔を出した。
 
「恭弥、了ちゃん送っていくついでにお使い頼まれてくれない?柚子が切れてたの」
「え、玄関までしか送らな」
「ここで断ったら男じゃないな」
 
振り向くとにこやかに笑う了平が居た。
 
 
 
 
「今日は秋刀魚でした」
「残念だ。だがキャベツよりは全然いい」
「柚子なんていらないのに」
 
近所のスーパーは夕飯前ということもあり混雑していた。
イライラする僕の代わりに了平はさっさと柚子を探し出した。
 
「どれがいいんだろ」
「大粒で匂いの強いものではないか」
 
手にとっては戻し、手にとっては匂いを嗅ぐ僕らの側を数人の主婦が「微笑ましいわねぇ」と笑いながら通った。
何だか力が抜ける。
 
「もういいよ適当で」
「これがいいこれが」
大きくて綺麗な黄色い柚子を了平が僕の手に転がす。

店から出ると溜息をつく。
「はぁ〜気持ち悪かった……」
「よく頑張った!感動した!」
了平が僕の背中をぽんぽんと叩く。
 
「中坊の時だったら店は血の海だ」
「……大人になったな」
 
本当だったらこのまま家に引き返してもよかったが、ついでだと自分に言い聞かせて横に並んで歩いた。
 
「学校はどうだ?」
「別に。中学の頃と変わんないよ。了平は」
「そうだなぁ。お前のいない校舎は少し静かだな」
「なにそれどういう意味」
 
僕が殴った横っ腹をさすりながら了平は言った。
「寂しいということだ」
 
 
秋風が通りを吹き抜ける。
閉じていた瞼を開きながら言う。
「……その高校を選んだのは君だ」
「そうだな」
「君がやりたいことを知ってたから僕は反対しなかった」
「ああ」
「そんな風に言うのは卑怯だ。寂しいのは僕だって同じなのに」
 
声が小さかったことと、また強く風が吹いたせいで僕の言葉はかき消された。
了平は何も言わない。ただ僕の2歩前を行くだけだ。
僕は立ち止まる。
了平は少ししてから止まってこちらを振り返った。
 
「ここまででいいよね」
「ん、ああ。ありがとな」
「じゃあまた」
 
了平が返事をする前に僕は先程とは逆方向に歩きだした。
吹き付ける風が首の辺りにまとわりつく。
もうすっかり秋なのだと気が付いた。
 


END

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