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□ラムネに沈むビー玉
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雲雀はラムネを好んで飲んだ。
炭酸飲料を好いているわけではない。ラムネだけだ。
 
 
そもそも奴は昼時の間食などを許さないお家柄で、レトルトやインスタントなど以ての他、という食環境に育った。
そんな雲雀であったが、並盛で開かれる祭りの際は家族の目も寛容になるのか、屋台の食い物もある程度は許された。
普段立派な物を食べ慣れているだろう雲雀が、材料も衛生面も作り方も適当なそんなものを口に出来るのだろうかと不思議だったが、そんな時の奴はいつもよりはしゃいでいる気がした。
 
終いに必ず口にするのが子供用のビニールプールで冷やされた瓶のラムネだった。
屋台の親父は雲雀の顔を見ると、愛想の良い顔で瓶の水気を拭いて渡し、ついでに横にいる俺にもくれた。(親父の愛想笑いの理由を知ったのはもっとデカクなってからだった)
 
 
祭りのとき、雲雀は品の良い色の浴衣を着ていた。値段など分からないが、まぁ奴の家のものだというのなら結構なものなんだろう。
対して俺は「あんたはどうせ汚すから」と母親が用意してくれた、くたびれた白いTシャツといつもの短パンだった。
 
 
代々伝わる浴衣を汚さないように、とかいう理由でラムネの蓋を開けるのは俺の役目だった。
人混みから少し離れた場所で、地面に二本瓶を置き、泥だらけのハンカチで押さえながらぐっと栓を押す。
ことん、という小さな感触があって、栓の代わりをしていた透明のガラス玉が瓶の中へ落ちる。
間もなく泡が込み上げハンカチと俺の手を濡らすのだ。
 
「ほれ」
「ありがとう」
 
べとべとした瓶の回りを拭ってから雲雀にラムネを渡す。
すぐには飲まず、瓶を回しながら中にあるガラス玉を一通り観察してから俺を見る。
 
俺がラムネに口をつけると、ようやくラムネを流し込む。
ガラス玉に邪魔をされたり、舌でガラス玉を押し込んでみたり、一通り楽しんで飲み干す。
あとに残るのは薄緑色の空の瓶と、その中に転がる透明のガラス玉だった。
 
「了平」
「無理だ」
 
呼びかけにすぐに応じると、雲雀は不服そうな顔をする。
 
「まだ何も言ってない」
「大方ガラス玉を取り出せって言うんだろ。残念だがこれは蓋が外せないタイプだ」
「何とかして」
「俺はドラえもんじゃないぞ」
「……割ったら取り出せるかな」
 
そう言って瓶を振りかぶるので、慌てて止める。
雲雀に何かあったら叱られるのは俺だった。
 
「おい待て、破片が飛び散ったら危ないだろうが」
「じゃあどうするんだよ」
 
諦めるという選択肢がないのか、雲雀は俺を詰った。
 
少し考えてTシャツを脱ぐ。それで雲雀の瓶を包むと、服の端を結んで地面に叩き付けた。
ガシャンと音がして、どうやら瓶は割れたようだった。
 
 
結び目を解くと、バラバラになったガラスの中に、丸いままのガラス玉が転がっていた。
破片に注意を払いながらそっとガラス玉をつまむと、小さなガラス片がついてないか確認し、雲雀の掌にぽとりと落としてやる。
そして自分はガラスを避けてTシャツを拾い、適当に払って服を着た。
ちくりと肌を刺す感触が残るが、取り払ってもキリがなさそうだった。
 
「危なくない?」
「誰のせいだ」
「君のTシャツを犠牲にしろなんて僕は言った覚えない」
「……」
 
感謝の言葉もないのか、と肩を落としながら極力シャツと体が触れ合わないように服をつまむ。
 
「おにいちゃん」
 
人混みの中を懸命にかきわけて向かってくる小さな陰。
 
「京子」
「私、お母さんとはぐれちゃった」
「そうか、しばらくここにいればいい」
「こわかったぁ」
 
困ったように笑う妹は身内ながら大変愛らしかった。
 
「京子は浴衣なんだね。去年と柄が違う」
「うん、お母さんが買ってくれたの。似合う?」
「可愛いんじゃない。」
 
えへへ、と京子は嬉しそうに笑う。一年も前のことなのに、よく他人の浴衣のことなど思い出せるな、と感心してしまう。
俺は去年京子が浴衣を着ていたことすら忘れていたのに。
 
「君のお兄さんはいつ捨ててもいいような普段着なのにね」
「お兄ちゃん、すぐ食べ物零しちゃうから」
 
京子は母親に似た言い方で(真似してるのだろうか)雲雀に笑いかける。
 
「ほら、もう何か痕になってるよ」
 
そう言って京子が指さしたのはラムネのシミだった。
飲んだときに零した覚えは無いので、栓を抜いたときか、瓶を割ったときだろう。
 
「あっお兄ちゃんラムネ飲んだの?」
 
俺の手を見て京子が問う。
瓶の中をじっと見つめていた。これは、もしや。
 
「お兄ちゃん、私ビー玉欲しいなぁ」
「……ちょっと待ってろ」
 
 
 
 
 
「恭ちゃんもビー玉取ったの?」
「うん」
 
ビー玉を渡すと掌で転がしながら京子は嬉しそうに笑った。
 
 
帰り道、スキップしながら先行く京子の背中を見守りながら歩く。
 
「了平、背中血が出てるよ」
「まぁ、そうだろうな」
 
つん、と雲雀が指で俺の背中をつついた。
 
「おわッ」
「痛っ」
 
俺は背中を、雲雀は指を。お互いに痛みを分けあった。だが嬉しくも何ともない。
 
「余計なことをするな!」
「それ、脱いで帰った方がいいんじゃない」
「裸で帰れというのか」
「君が服を汚すのを承知してるおばさんでも、さすがに息子の服が血で汚れてたら驚くと思う」
「お前の我が侭による為だと知ったら尚のことな」
「大事にするよ」
「……そのわりにすでにガラス玉の姿が見えんのだが」
 
雲雀は一瞬こちらに目を向けるとぺろりと舌を出した。
馬鹿にされているのかと思って腹が立ったが、よくみるとかき氷のせいで赤くなった舌の上にはガラス玉が乗っかっているのだった。
 
「…………なんで口の中に…」
 
意表をつかれて思わず立ち止まる。
 
「大事なものだから。」
 
雲雀がそう呟くと、ガラス玉と雲雀の歯がかちりと鳴った。
 
END

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