捜査共助課(短編小説)1〜30話

□faith
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いつも
心の中心だけを見つめている

そこに己が信じるものが
確固たる自分が

存在しなければ

一歩も動けなくなるから



部屋の中は…というより、その古びた家の中は。
警視庁の機動捜査隊、大塚署刑事課の捜査員、鑑識課員でいっぱいになっていた。
畳の部屋に置かれた介護用ベッド。
その上に横たわる老人の遺体。
細い首にはくっきりと手の跡がついていた。
もうその必要は無いのに、遺体の下で床ずれを防止するエアマットが時折音をたてて動く。
そのベッドの側にはひとりの老女が、魂が抜けたように座り込んでいた。
「梶原」
現場に踏み込んでから、言いようのない思いに囚われていた梶原の背を陣野が軽く叩く。
「とりあえず、車に乗せとけ」
陣野は軽く彼女を指さした。
夫を殺した、と。自ら通報してきた彼女を。
「早くしろ!」
一喝され、梶原はようやく彼女の腕に手をかけた。
彼女の身体をそっと引き上げると、恐ろしいほど軽い。
この細い身体の何処に、夫を絞殺するだけの力があったのか。
そう思いながら梶原はゆっくりと家の中を歩き、外の覆面車の後部座席に彼女を乗せる。
「どうして…こんなことを?」
梶原の問いに、彼女は答えなかった。
ただ、握り締めた手のひらを見つめて。
彼女は大塚署に連行されるまで、無言のままだった。



「最近こんな事件が増えてきたな」
現場検証を終わらせ、署に引き上げる車の中で影平は言った。
秋葉は黙ったままでステアリングを握り締めている。
「被害者は3年前にクモ膜下出血で身体が不自由になったんだと。
最近は病院だって回復の見込みがない患者は追い出すらしいし。あの婆さんが一人で介護してたんだ。
………老老介護……って言うんだってさ。老人が、老人を介護する。頼れる所も無かったんだろうなあ…」
溜息をついて、影平はドリンクホルダーに置いていたペットボトルを手にした。
「何とか言えよ。気が滅入る」
「……嫌な世の中になりましたね…」
ぽつり、と秋葉は呟く。
「そうだなあ」
どちらにしろ影平は今、滅入っているのだ。
秋葉がどんな言葉を口にしようがそれは変わらないだろう。
「こういう場合…俺たちは誰を憎めばいいんだ?国か?」
影平の言葉は答えを求めていない。
通常の殺人事件ならば。
ただ被疑者を容赦なく追い詰めていけばいいのだ。
だが、この事件は感情の持って行き場が無い。
胸の奥に鉛のような物体が埋め込まれたように、重い。
秋葉はふと、先刻の梶原の表情を思い出していた。
「梶原……またぐるぐる考えるんだろうなあ」
秋葉の内心を読んだように、影平が笑った。
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