公安第二課(裏リク)

□あなたのそばに
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今、どんなに側にいたとしても。
今、どんなに抱きしめていたとしても。

今、この苦しみを共有したとしても。

叶わない願いがある。



本当は、秋葉は自分にこんな姿を見られたくないに違いない。
梶原はそう思いながら、眠っている秋葉を見つめていた。
なんだかんだ言い訳をして、彼を言いくるめて。
できる限りこの部屋にいる自分に、こうして悪夢の中をさまよう姿を見られたくはないだろう。
「秋葉さん……」
呟いて、そっとその黒髪を撫でる。
今更ながら、秋葉の心の中に巣食う厄介な病巣の存在を知り、梶原はため息をついた。
通常の穏やかな睡眠とは程遠い、深い暗闇の中で秋葉は足掻いている。
たとえこうして梶原が側にいたとしても、何ら変わらない。これが現実だった。
嫌がるように顔をしかめ、秋葉は呻いた。
「秋葉さん」
これほどに秋葉を苦しめる夢ならば、もう起こしてしまったほうがいいのではないかと思い、梶原は自分の方に伸ばされた手をとる。
「奈、穂……」
秋葉が苦しげに呟いた、その名を聞いた瞬間。梶原の胸が痛んだ。
まだ、秋葉の心の中には彼女がいる。
梶原は、彼女の事を知らない。彼女が亡くなったのは、自分が刑事になる前だった。
その現場に入ろうとして入れなかった秋葉の叫びを、梶原は聞いたわけではないのだが。
確かに今、それが聞こえた気がした。
こうして秋葉は、失った記憶のかけらを集め続ける。
彼が彼として生きていくために、この現実は、本当は必要な事なのかもしれない。
秋葉自身も、もしかしたらそう思っているのかも知れない。
だが、あまりにも残酷すぎる。
「秋葉さん…」
ようやく、薄く目を開けた秋葉の手を握り締めたまま。
梶原は自分でもよくわからないまま、泣いていた。
「ごめん……嫌な、夢…見てた」
掠れた声で呟く秋葉は眉をひそめ、梶原の頬をつたう涙を見る。
「どんな夢、見てたんですか……」
なるべくそれがただの夢なのか、現実に起きた出来事なのか、整理がつくように。それはいつも確認する事ではあった。
お互いにとって残酷な質問のような気がしたが、敢えて梶原はそれを問う。
秋葉は一度目を閉じ、深く息を吐き出した。
「血の、海……床一面、血が流れてた。……その向こうから」
秋葉の指先がそれをたどるように動く。
「奈穂が俺を見てた」
それは夢ですよ。とは言えなかった。
それは秋葉が体験した現実の出来事だったから。
「お前、何で…泣いてるんだ…」
秋葉に問われて、梶原はただ首を横に振った。
「秋葉さんの、代わりに」
絶対に涙を見せない、秋葉の代わりに。
今、自分が泣いているのだと。
梶原はそう言った。

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