公安第二課(裏リク)

□every day I see your face
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感情を映さない、その目が

時折柔らかく光を捉えて

あなたが笑う瞬間が

気がついたら好きだった



それはまだ、梶原が刑事課に配属されて間もない頃。
「……おい梶原」
助手席からあまりにも無自覚で無遠慮な視線を向けられて、秋葉はたまらず覆面車を路肩に寄せて止める。
「はい」
「はい、じゃなくて」
秋葉はイラついた様に大きく溜息をついた。
「……え?」
きょとん、とした梶原の表情に、秋葉は更に脱力してしまう。
「さっきから、何で俺の顔ばっか見てるんだ!?」
秋葉は叩きつけるように言った。
この新人が邪魔で邪魔で仕方が無い。
「お前、無線聞いてるか?聞いてないだろ?何で俺が運転しながら無線取らなきゃならないんだ。おかしいだろ。横に乗ってるだけで邪魔なんだよ、それじゃあ」
わざわざ、邪魔という所に力を入れて。
この一見刑事に向いてなさそうな、年もそれほど変わらない梶原に秋葉は言う。
「とりあえず、運転も大事だけど。無線を臨機応変に使えるようにならなきゃ困るんだ。分からないなら分からないで教えてやるから……」
答えない梶原に、自分ばかりが感情を動かしているように思えて、秋葉は少し声を落とした。
「……どっか具合悪いのか?それとも疲れてんのか」
「いえ。すみませんでした……」
梶原は叱られた子犬のようにさびしそうな表情を浮かべて下を向いた。
「謝れって言ってるんじゃないんだ。何か問題があるなら言えよ。この前言ってた事か?俺と仕事がし辛いのか?」
「そうじゃないです!」
いきなり大きな声で否定され、秋葉は驚いたように、梶原の方へ向けていた身体を少し引いた。
「そう、じゃない、です」
この喜怒哀楽がはっきりしている……というよりも素直すぎる新人は、自分では扱いにくい。秋葉は今日何度目かの溜息をついて、再びギアをドライブに入れた。



(な〜んかなぁ……どうしたのかなあ俺)
現場から署に戻り、刑事課のドアを開ける。
(5月病……でもないよなあ。まだ4月だし…)
梶原は自席に座り、同僚が集まって談笑している姿をぼんやりと眺めていた。
滅多に笑顔を見せない秋葉も、時折笑っている。
その輪に入るわけでもなく、ただ梶原はその姿を目で追っていた。
(あ。ヤバイ。また秋葉さんに怒られるかも……)
梶原は溜息をついて、視線をデスクの上に戻した。
「何溜息ついてんだ」
笑いを含んだ声で、斜め前にいた陣野が声をかける。
「あ…いえ。何でも」
にこり、とごまかすように笑い返し、梶原は手元の書類をがさがさと漁った。
昨日も秋葉に書類の不備で迷惑をかけてしまったし、同じ事を2回注意されたら呆れられてしまう。
「あ〜…もう呆れられてるかぁ……」
無線も取れなかったし。と、梶原は呟いて頭を抱えた。
「悪いな。秋葉と組むのは、お前には負担が大きかったかもな」
その梶原の様子を見ていた陣野がそう言った。
「あいつ、屈折してるからさ」
顔を上げた梶原に、陣野は笑った。
「でも、秋葉とお前と組ませて良かったよ。あいつにも何か得るものがあったんだろ。ちょっと笑うようになったしな」
ほら、と差された先に。優と話しながら笑う秋葉がいた。
それを見て、また何故だか胸が痛い。
「秋葉さんて……何が嬉しくて悲しいんですかね。何か楽しいことあるのかな……」
陣野に言う訳でもなく、梶原はぶつぶつと呟く。
「そういう事知りたがるのは、普通の社会じゃアウトじゃないのか?」
「いたっ」
不意にファイルで頭を軽く叩かれる。
いつの間にか、秋葉が隣の席に帰ってきていた。
「ここ、普通の職場じゃないですもん」
頭を押さえて、恨みがましい目で秋葉を見上げてみる。
思いのほか、自分を見下ろしていた秋葉の目が優しくて。
梶原はまた、しばらくその目を見つめてしまう。
「お前、絶対刑事に向いてねえ」
さっき見せていた表情が、急速に変わっていく。
恐らく秋葉自身も自覚の無いままに。
あの透明な目に戻る。
「これ、鑑識に持っていくから。一緒に来い」
秋葉は手にしていたファイルを面白くなさそうにひらひらと振った。
「あ、はい」
そう言ったものの自分を待たずに部屋を出て行く秋葉を追って、梶原も立ち上がった。
「知りたいって思ったら恋ですよね」
何の話をしているのか、優たちの声が耳に届いた。
梶原は秋葉が出て行ったドアを見る。


その言葉で、何となく腑に落ちた。
この訳の分からない不調の正体。
それはそれで、頭を抱えてしまいそうな感情ではあったけれど。

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