公安第二課(裏リク)

□I miss you
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この感情の正体は

一体なんだろう



梶原が捜査員の交換研修とやらで東京を離れた。
刑事になって3年以内の新人同士の交換。大塚署からは梶原が選ばれた。
一体何のキャンペーンだ。
『心配しなくても大丈夫ですよ、俺、何処行っても結構すぐに馴染んじゃうし。もう特技ですからこれは』
辞令が出てほんの数日で梶原は島国四国へ行った。
だいたい向こうから警視庁に研修に来るなら得るものも多いだろうが、逆はどうなのだろうかと思う。
『俺、四国初めてなんですよね。楽しみ』
四国四県の位置も分からず、下手をすれば愛知と愛媛の違いも分からないくせに、と秋葉は顔をしかめた。
『四国に渡るのってパスポートがいるんだぞって影平さんに言われちゃいました』
そんな訳はないのだが、秋葉は梶原が荷物の中にこっそりパスポートを忍ばせて行ったのを知っている。
『毎日メールしますし。その気になったら飛行機で1時間ちょいだし。それに、半年なんてあっという間ですよ』
そう言って梶原は秋葉を抱き締め、出掛けていった。
仕事の都合で見送りには行けなかった。
ただ、ひとり取り残された後で。秋葉は『梶原』がいない日常を初めて不安に感じた。
半年。一年の半分。6ヶ月。約180日。
どう考えれば楽になれるのかが分からない。
季節も動いて、梶原はその間に1つ年を取る。
一日が、一週間が、一ヶ月が異様に長く感じられて、秋葉は気が付けば溜息ばかりをついていた。



「………」
勤務を終えて次の班に引継ぎを済ませて、秋葉は私用の携帯を足元に置いていた鞄の中から取り出した。
代わりに仕事用に支給されている携帯は電源を切り、充電器に繋ぐ。
二つ折りの携帯を開き、何の着信もない事だけを確認する。
最初の頃は言葉の通り、毎日しつこくメールを寄越していた梶原からの連絡が途絶えて数ヶ月。
季節は初夏から真夏を過ぎて秋になっている。
「秋葉さん、最近携帯気にしてますね?」
「え?」
そう声をかけてきたのは、梶原の代わりに島国四国からやってきた岩本だ。
年齢は梶原より若く、25歳。身長は秋葉より少し低い。
漁師町で生まれ育ったという彼は、肌の色は浅黒く骨格ががっしりしている。髪も短髪で、Tシャツにジーンズ、ゴム長靴を履き、ビニールエプロンでもしていれば築地あたりに居てもまったく違和感がないと思われる。
もしくは大漁旗掲げた漁船で漁業。
肝心の刑事としての能力は……正直、梶原よりも使える人材かもしれない。
将来性があって優秀な刑事、というポジションにいるのだろう。
『ひどい、俺だって将来性がある優秀な刑事なのに!!』
と梶原の嘆きが聞こえてくる気がして、秋葉は岩本に複雑な笑みを返した。
何と言えばいいだろう。梶原と岩本は根本的に性質が違う。
梶原は直感で動くタイプで、岩本は冷静に物事を読んでから行動を起こすタイプ。
2人とも、様々な現場を踏み経験値を上げていった方がいい。
上司のそういう親心のような物が感じられる。
「もう研修も終わりですね?」
年下相手だが、秋葉は相手に合わせて丁寧な口調で岩本と会話をする事にしている。
岩本はどうしても方言が抜けないのだと言って、絶対に敬語しか話さない。
別に方言で喋っても一向にかまわないとは思うのだが。
「はい、あっという間でした」
本人たちにとってはあっという間でも、自分にとっては何だか長すぎだ。
にこりと笑む岩本の顔が、梶原のそれに似ているように思えてくる。
そろそろ末期症状かもしれない。
「梶原さんも元気にしてるみたいですよ?」
ほら、と岩本は携帯を取り出し、データフォルダを開く。
「…………」
同僚から送られてきた写真付のメールだというそれには、数人のスーツ姿の男が写っていて。
その中に笑顔の梶原もいる。
「もうねー、梶原さん俺より使えるって。お前いらないから帰ってくるなとか言われちゃいました」
苦笑する岩本に、秋葉は何も答えることが出来なかった。
ただひとつ、梶原が向こうでそれなりに評価されているという事と、本人が言ったように何処へ行ってもその場に馴染むという特技は充分に発揮されていて。
それだけは心底安心したのだが。
どうして梶原からメールが来なくなったのかというと。
恐らく原因は自分にある。
ただ、仕事上必要があって携帯を所持しているだけであって、秋葉はメールも電話も苦手なのだ。
あれこれ機能があってもそれを使いこなしてはいない。
梶原のメールアドレスに至っては、自分が知らない間に彼が勝手に赤外線通信でこちらのデータを取り、同時に自分のデータを入れて行っただけだ。
自分の携帯番号は暗記しているが、自分のメールアドレスはメーカーの初期設定のまま適当な英数字がずらずらと並んでいるのでよく分からない。
そういう状態なので、梶原からメールが届いても返信する言葉を悩み悩みしているうちに結局放置する事となってしまった。
そのうちにメールが来なくなったというわけだ。
大体、人とコミュニケーションを取る事が苦手な自分が悪いのだ。
そう自己嫌悪しながら秋葉はまた溜息をつく。
どう誤解されてもいいし、大切なものが出来ても、また失うくらいならずっと独りでも構わない。
そう思って他人との距離を一定以上に置き続けた心に、自然に入ってきた梶原が。
いつの間にか秋葉の中で大きな存在になっている。
そのことに今更気付かされて、秋葉はどうしようもない喪失感に振り回されていた。
この寂しさは…。そう、『寂しさ』は厄介な感情だ。
面倒くさくて、痛い。



秋葉は部屋に帰り、スーツのジャケットと荷物をベッドの上に放り投げた。
それを見つめ、自分もうつ伏せにそこに倒れこむ。
「面倒くさい…」
初めは毎日今日が何月何日なのか気にしていた。いつの間にかそれもやめた。
一ヶ月前の梶原の誕生日には電話でもかけてやろうかと思ったが、気恥ずかしくてそれも出来ないまま。
秋葉は溜息をつきながら仰向けになり天井を見つめた。
梶原がいつ帰ってくるのか、聞いておけばよかった。
そう思いながらうとうとと目を閉じる。
(ああ、夢かな)
ふわりと意識が現実から遠のいた頃。
梶原がこの部屋の中にいる気がした。
自分を起こさないように、足音を立てずに。そっと近寄って来て髪を撫でられる。
その感触があまりにリアルで、秋葉はゆっくり目を開けた。
とうとう末期症状も極まった、と思う。
床に膝をついて自分を覗き込む梶原が微笑んでいる。
秋葉は2、3度瞬きを繰り返して右手を伸ばした。
手のひらに触れる梶原の頬の感触も、リアルすぎる。
少し硬い髪の毛も。
「ただいま、秋葉さん」
「………?」
ぺちぺちと秋葉に頬を叩かれながら、くすぐったそうに梶原が言った。
「もらった合鍵、初めて使っちゃいました」
そう言われて、徐々に現実の感覚が戻ってくる。
「梶原?」
「はい」
その声を発した唇にも指先で触れる。
「……本物?」
「本物ですよ。何寝ぼけてるんですか」
「ほんとに?」
秋葉は何度も確かめてしまう。
梶原はその指先を取って笑った。
「ただいま。うわわわっ」
秋葉は梶原を抱き寄せた。
その体温を感じて、これは現実なのだとようやく安心する。
「俺がいなくて寂しかった?」
「うるさい」
秋葉から仕掛けた長いキスの後で、やはり無意味な憎まれ口を叩いてしまう。
「寂しかったでしょ?」
瞳を覗き込まれて、秋葉は顔をしかめる。
「滅茶苦茶長かった……半年って」
素直に寂しかったと言えない秋葉を一番理解しているのも梶原であり。
「捨て猫の気分だった」
と、最大限の感情表現をして見せた秋葉に、今度は梶原から唇を重ねた。

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