公安第二課(裏リク)

□恋敵
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野良猫に恋をした

私の恋敵は

でかい柴犬



私は地下鉄のホームの隅で、いつものようにざわざわと流れていく人間を見ていた。
期末試験は案の定散々な出来で、今日の午後に入っている3者面談が憂鬱で仕方が無い。
結局最高得点は国語の76点だった。
数学や英語に至っては……もう溜息しか出てこない。
総得点を平均したら、1教科あたりの得点は一体どれくらいなのだろう。
(や、でも試験中にコンビニ強盗なんかに遭ったりしちゃったしさ)
誰に言い訳しているのか自分でも分からないが、私はそう内心で呟く。
試験も終わり、授業もない。今日明日は確かクラスマッチだった。
気が付いたら勝手にバスケットボールのメンバーに入れられていたが。
何故このくそ暑い日に体育館で走り回らなければならないのか、理由がわからない。
どうせなら、冷房を効かせた家庭科室でオセロが良かったのに。
私はオセロが何たるかも知らないのだがそう思いつつ溜息をついた。
要は、何をしても何を言われても憂鬱な年頃なのだ。
私は携帯を開いて時間を確認する。まもなく午前10時。
もしかしたら、少し前にあいつにここで会えたのは偶然だったのかもしれない。
あれからどんなに待っていても、会えないから。
あの日はたまたまこの路線に乗っていたのかもしれないし、今日は非番かもしれない。
いや、今日は朝から勤務の日かもしれないのだ。
我ながら、馬鹿だと私は自分を笑う。
まあこんな馬鹿でも。まだ許される年頃…だと思いたい。
(秋葉…来ないかな)
コンビニ強盗の時に秋葉のあの目を見て以来、私の中で消化しきれない思いがある。
私は秋葉に会っても今までどおり笑えるかどうか、あいつが今までどおり私に笑ってくれるかどうか。
それが不安だった。
目の前に電車が滑り込んでくる。ドアが開き、無表情な人々がホームに吐き出された。
その中に私は秋葉を見つけた。
「秋葉!!」
まだこちらに気付いていないあいつを、思わず大声で呼んでしまう。
少し疲れたような顔をしていたが、秋葉は私を見て何のこだわりもなく笑った。
(……良かった)
「夜勤明け?」
「そうだよ。お前はまた重役出勤か」
私の側まで歩み寄って来た秋葉に、私は今までと同じように話しかけることが出来た。
「この前の…足の怪我は?大丈夫か?」
問いかける秋葉に、私は平気だと笑って見せる。
「秋葉さん」
ふと秋葉の後ろから、長身の男が声をかけてきた。
私は秋葉の肩越しにそいつを見る。
「あ!この前の、通報してくれた子ですよね?ええと、確か村上さん」
にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべ、そいつは当たり前のように秋葉の隣で私に頭を下げた。
(何、こいつ)
私は秋葉と少年課のシュガー&ソルトにしか今のところ心を開いていない。
こいつが信頼するに値する人間かどうか試すように目を眇める私を見て、秋葉は笑った。
「そんなに警戒するなって。これ、梶原。刑事課の同僚」
「これとか言わないで下さいよ」
「じゃあ、他に何て?」
顔は知ってる。この前も見た。
毛並みが茶色の、柴犬みたいな奴だ。ゴールデンレトリバー並みの大型犬タイプだが、どう見ても洋犬じゃない。
柴犬。
目の前で、誰にも気を許さない野良猫のような秋葉と柴犬のような梶原が楽しげに話している。
秋葉が今、ふと見せた、こんなに優しい笑顔は私も見たことがない。
(ムカつく)
ムカつくというか、悲しい。
「あんた、嫌い。あっち行って」
私は顔をしかめて柴犬にそう宣言した。
「秋葉さんどうしよう、嫌われちゃいました」
そう言って情けなく笑うこの柴犬は、簡単には触れられない秋葉の心に、その傷にするりと自然に入り込んでいる気がする。
何より、秋葉がこいつの隣で安心している気がして。
(何、これ)
私は本当に馬鹿だろうか。
男に嫉妬している。秋葉を取られそうで?
「学校は?」
秋葉は私と柴犬の間に流れた不穏な空気を察したのか、話題を変えた。
「クラスマッチ!」
ついつい、その攻撃的な口調のまま秋葉にも噛み付いてしまう。
「もう始まってるんじゃないのか?何もしないのか?」
苦笑して秋葉がそう言う。
「……バスケ」
柴犬は、気を利かせたのか先に改札を出て行く。
「あ、いいなあ。俺もバスケやりたい」
秋葉は、中学時代はバスケ部だったのだと私に明かした。意外だ。
「高校は何やってたの?」
私は秋葉に促されるように、改札のほうへ歩き始める。
秋葉は歩調を合わせて一緒に歩いてくれた。
「合気道」
「……そっちのほうが似合う、かも。何か、弓道とかも似合いそう」
私の呟きに、秋葉は首を傾げた。
「そうかな?」
「絶対そうだよ」
断言しながら改札を抜ける。ここでお別れだ。
「お前は何かやってないの、部活」
「………帰宅部の部長」
私は背伸びをして、秋葉の耳元でそう言ってやった。
秋葉はお前らしいなと笑ってくれた。
「じゃあ、ね」
「またな」
そう言葉を交わし、秋葉を待っている柴犬を威嚇するために、私は精一杯の鋭い目つきでそちらを一瞥した。
本当に人の良さそうな柴犬は…柴犬に向かって『人が良い』とは何だかおかしいな。でも柴犬にしか見えないのだ……笑って私に手を振った。
手なんか振るな、ムカつく。

私はくるりと身体の向きを変え、小走りにその場を離れた。
今日から柴犬が嫌いになりそうだ。

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