機動捜査隊(頂きもの)

□発起人会
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はあ、と溜息が聞こえる。
立花の柳眉がひくりと寄った。口を開きかけたが、辛うじて堪え、作成している書類の作業に戻る。
暫くカタカタとキー入力をしていると、ふう、と再び溜息が聞こえた。
駄目だ。もう、我慢できない。
机に勢い良く両手をつくと立ち上がる。
「どうしたんですか?立花さん」
ばん、という音に驚いた溜息の主―梶原が、きょとんとした顔で聞いてきた。
お、ま、え、が、鬱陶しいんだよ。
「…梶原君、秋葉、何処行ったか知ってる?」
喉元まで出掛かった言葉を無理やり飲み込んだ立花は、にっこりと笑みを浮かべ、別のことを口にした。



多分喫煙所だと思う、という梶原の言葉は当たっていた。
煙草のヤニで変色した壁に凭れ、秋葉は紫煙をくゆらせていた。
「ちょっと、秋葉!アンタ、飼い主なんだから、ちゃんと躾て頂戴!」
ツカツカと秋葉に歩み寄るなり立花は言い募った。
「…は?」
立花の意味不明な訴えに、秋葉はそれだけ返すのが精一杯だ。
「だ〜か〜ら、梶原のことよ!何アイツ、この間の事件引きずっちゃってんだか知らないけど、呆けてると思ったら、溜息ばっかり!…アイツが腑抜けてると、職場が暗いの。私は、仕事は楽しくやりたいの。アンタ、何か言ってやんなさいよ」
苛つきの覗く口調は、秋葉にしてみればとんだ八つ当たりだ。
何故梶原のとばっちりがこちらに…。
「…今梶原と組んでいるのは陣野さんだろ。こっちに振るのはお門違いだよ」
「そんなの当の昔に言ったわよ。そうしたら、陣野さんも何かと声をかけたけど、一向に効き目がないって言ってたわ」
意味もなく胸を張る立花に秋葉は言葉を失う。
「だからってなんで俺…」
困惑する秋葉に、立花はきっぱりと告げる。
「だって秋葉、アンタ、アレの飼い主じゃない。あの図体のでかいわんこの」
そうか、立花も梶原が犬に見えるのか。
秋葉はどうでもいい事を思った。
束の間、二人の間を沈黙が過る。
秋葉は短くなった煙草を灰皿に押し付け、火を消した。
「…ね、秋葉、今度の休み、いつだっけ?」
立花がふいに尋ねた。
出来るだけ不自然にならぬよう慎重に。本当は秋葉の休暇が明後日だと知っていた。それに合わせ、自分も休暇をとっていたから。
「…確か、明後日。それがどうか…」
何だか嫌な予感がする。続きを濁す秋葉に、立花は企みを孕む笑みを浮かべた。
今は、恋心よりも居心地のよい職場を取り戻す事が重要だ。それじゃなきゃ、ストレスの多いこの仕事なんてやっていられない。
…立花は、自分が恋より仕事を優先させている事実に気付いていない。
「そう…。私も実は休み、明後日なのよ。梶原と交換してあげるから…」
「嫌、だ」
最後まで言わせず、秋葉は己の主張を試みた。この、同期でありながら姉の様な口をきく彼女には滅法弱い。負けるのは目に見えてはいたが、自己主張はすることが大切だ。
「我が儘言わないの。職場を快適にする為には努力も必要でしょう?」
「いや、俺、快適じゃなくても問題ないし」
「もう決まりだから。明後日、アンタ、梶原に気分転換させること」
どっちが我が儘だよ…。心からそう言いたい秋葉だったが、堪えた。
言ったら、少なくとも十倍になって返ってくる。
「…気分転換って、どうしろと」
最早負け戦だが、秋葉は最後の抵抗を試みる。
「私、明後日のチケット持ってるんだけど、友達、が、用事が出来ちゃって、無駄になったのよね。それ、あげるわ」
本当は、秋葉を誘うつもりでチケットを買った立花は、つい、友達、に力を込め過ぎた。
しかし、隣の朴念仁は気付きもしない。
秋葉にしてみれば、善行を施したと言わんばかりの立花に、全面降伏するしかない立場に追い込まれていた。
気付け、という方が難しい。
「わかった。わかりました。ったく人の休暇をなんだと…」
とうとう秋葉は白旗をあげたが、なおも小声で不満を漏らす。
本当に立花には弱い。
「なあに?なんか言った?」
「いいえ。な〜んにも。ところで、チケットって、なんの?」
呟きを聞き咎めた立花を誤魔化し、秋葉は尋ねた。
「…フィギュアスケート。勿体ないから、絶対!行ってよね」
特上の笑顔で立花は言った。
男二人でフィギュアスケート。
思わず秋葉は溜息を吐いた。
「…どんな嫌がらせですか、それは…」
でも、自分は明後日、梶原を連れて行くのだろう。
本当に、彼女には、弱い。

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