機動捜査隊(頂きもの)

□キスアンドクライ
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「明日立花と休暇、変わったんだって?…何か用事、あるか?」
秋葉に避けられているのを自覚していた梶原は、驚きに目を見開いた。
終ぞこんな言葉を秋葉から掛けられたことはない。
…梶原は、秋葉の言葉が微妙に棒読みであるのにも気付いていない。
「どうなんだ?」
少し、苛立ちの混じった声に、梶原は慌てて首を横に振った。


会場に取り付けられたスピーカーから、梶原でも聞き知っている曲が流れだした。
ビゼーの『カルメン』、だ。
曲に合わせ、煌びやかな衣装をまとった氷上の選手は、情熱的な恋に生きる流浪の踊り子に変ずる。
そう、氷上の。
梶原は、秋葉と共にフィギュアスケートの会場にいた。
国際的な大会の予選会らしく、観客席は予選会の割にはほどほどに埋まっていた。勿論、その一つに梶原も腰を下ろしている。
しかし、何故自分はここにいるのだろう…。
隣の秋葉は、ガラスの様な瞳で前に広がる会場を見ている。
仕事のパートナーが秋葉から陣野へと変わって、随分と時間が経っていた。
ひとつの事件が終息を迎え…刑事課は多少なりとも落ち着きを取り戻した。
だが、梶原は一人後味の悪い思いを抱き。何とはなしに、普段の自分を取り戻せずにいる。
「しっかし…秋葉さんがこういうの見るとは思ってもみなかったです」
くるりくるりとコマの様に氷の上を滑りゆく舞姫を眺めながら、梶原は秋葉に感想を漏らした。
正直、以外だ。
「俺も思ってもみなかったよ。…貰ったんだ、チケット」
誰に、と聞きたい気持ちがあったが、聞いていいものだろうかとも思う。
以前なら、そんな惑いを抱くことなどなかった。
あの事件以降、本調子を取り戻せずにいる梶原に、皆は口々に、頭を切り替えろ、忘れろと言うが…。
そうそう忘れられる程、自分は器用ではないのだと、梶原は知った。
何かが…自分の中で変わってしまったのかもしれない、とも感じる。
でも、そんな中でも、秋葉さんだけは…。
「おい?」
「は、はいっ?なんですか?」
梶原の、物思いに陥りそうな意識は、秋葉の声に引き戻された。
…そうだ。ちゃんと楽しまないと、譲ってくれた人に悪い。
元来前向きな気性の梶原は、気持ちを切り替えようと顔をあげる。
「…いや、特に用事がある訳じゃないけど…」
言葉尻を濁し、秋葉はさ迷わせていた視線をリンクへと戻した。
秋葉は自分を心配してくれたのだろう。
そんな秋葉の気遣いが心に染みて。嬉しくて。
自然に梶原の頬が、笑みに緩む。
笑みに崩れた顔のまま、梶原は会場へと意識を集中した。

競技はクライマックスに向かい。やがて、終息を迎える。
僅か数分間のドラマ。
入れ代わり立ち変わり、様々な物語が、少女と呼べるような年頃の選手達により、冷たい氷の上に紡がれる。
しかし、魅力的なそれらに、確かに惹かれはしたが。それよりも梶原の意識は、別のものに惹かれた。
競技を終えた舞姫は、普段の少女の顔に戻る。
その顔は、己の実力を出し切れたと、満面の笑みを浮かべる者もいれば、涙を堪え俯く者もいる。
その彼女達がリンクの脇で、必死な顔でボードを見上げ、得点のあげられた瞬間。
彼女達の感情が、頂点で爆発する。
喜びも、悲しみも。
全て、が。
今、そこ、にいる選手は、大人びた青いドレスを身にまとい、固い表情で掲示板を見つめていた。
点数が掲げられた瞬間。
その瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
泣く少女に、コーチが慰めるように彼女の肩に手をまわす。
その様子を梶原はじっと見つめていた。
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