機動捜査隊(頂きもの)

□恋唄
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この声は届いている?

あなたの名を呼ぶこの声は



小さく小さく。
秋葉は胎児のように身体を丸めて震える。
左肩の傷跡を右の手のひらで押さえ、乱れた呼吸の合間に悲鳴にも似た微かな声を上げ。
梶原は為す術もなく秋葉の身体を抱き締めたまま、彼の耳に届くまで名前を呼び続けるしかない。
秋葉のひどく冷たい指先は、今は梶原に縋りもせず、ところかまわず自分自身の肌を傷つけようとする。
「秋葉さんっ?秋葉さんっ!!」
身動きの利かぬよう抱き締めても、手が秋葉自身の身体を傷つけること迄は止められない。
秋葉の手は、掻きむしるというより寧ろ、己が肉体を引き裂こうとしているかのようだった。
だが、今、梶原がその腕から少しでも力を抜けば。この細い肢体の、どこにその力があったのかと驚く程暴れるのは、経験上、わかりきっていることで。
「秋葉さん!」
「っ!ゃ…だ」
秋葉の白い頬を一筋、光るものが滑り落ちる。
何にこれ程までに秋葉が苦しめられているのか―秋葉が怯えているのか。推察は出来ても、梶原にはその身を持って知ることは叶わない。
白い肌が赤く腫れ上がり、微かに血が滲んでいた。
見開かれた秋葉の目には何が映っているのか、それに触れる事も叶わず、梶原は秋葉を抱き締める。
「秋葉さん、もういいよ。大丈夫だよ」
ようやく秋葉の右手を捉え、梶原はその手をシーツの上に押さえつけた。
喘ぐような呼吸を繰り返し、秋葉は離せとでもいうようにその手を自分の身体の方へ引き寄せようとする。
「秋葉さん!」
「……っ…」
後ろから抱き締めていた身体を無理やり仰向けにして、梶原はとうとう秋葉の両手を押さえつけた。
秋葉はびくりと大きく震え、ようやくその目に梶原を映す。
「……っ…かじ、わ、ら…?」
荒い呼気の間に、小さく名を呼ばれた。
彷徨っていたその瞳へ、今は自分が映っていることに、梶原は安堵の吐息を漏らす。
「秋葉さん…」
「腕……痛、い…」
言葉少なに告げられ、梶原は秋葉の腕を押さえつけていた事を思い出し、慌てて力を抜いた。
「ごめんね、秋葉さん。痛かったね」
秋葉はゆらりと視線を揺らし、自分の指先を見つめる。
「梶原……ごめん……俺…」
梶原は秋葉の視線の先にある彼の手を取り、自らの両手で包みこんだ。
「謝らなくて、いいんです」
梶原のするがままに、己の指先を見つめていた秋葉は自然、視線が上がり。自分を見ている梶原と目があった。
「秋葉さんは…何も悪くないんですよ」
だから、大丈夫。
柔らかく言葉を続ける梶原に、秋葉は。
不意にその手を振り解いた。
「秋葉、さん?」
「…大丈夫なんかじゃ、ない」
解いた腕で秋葉は両の目を覆う。疲れの見える吐息の様な声音だった。
咄嗟に上手く言葉が見つからず、梶原は押し黙ってしまう。
「こんなに…お前に、迷惑、掛けて…」
「…秋葉さん…」
迷惑だなんてことは露程も感じたことはない。梶原は心底そう思う。
だが。それを言っても、秋葉は信じることはないだろう。秋葉のそんな頑なさに、梶原は歯痒さを覚える。
「自分が、何をしてるのか…分からない…。俺は…いつか…」
いつか、お前を。
苦しげな呼吸を整えながら秋葉は呟く。
だから、梶原は僅かに唇を笑みの形にしてみせた。
秋葉の顔を覆った腕をそっと掴み、もう一度ゆっくりと引き寄せる。
「秋葉さん…」
指先に触れる梶原の唇が、秋葉の名を呼んだ。
「何が、不安?…何を、恐れているの?」
問いかけは答えを求めるものではなく。故に秋葉は、梶原を見上げた。
微笑みが自分を見つめていた。どこかしら、苦し気な…痛みを伴う笑みだった。
「秋葉さんが苦しむと、俺のここもね…痛くて、苦しいんですよ…」
梶原は、秋葉の手を自らの胸へと導く。とくんとくんと力強い鼓動が秋葉の指に伝わった。
「…梶原…」
鼓動の響きは、秋葉へ束の間の安らぎを齎す。…己への恐れを消し去ることは叶わなかったが。
「秋葉さん」
秋葉の身体を柔らかく抱き、梶原が名を呼んだ。
「あなたの傍に、いますよ。ずっと…」
怯える心ごと、梶原は秋葉を包もうとする。
背中を撫でる手の心地良さに、秋葉は瞳を閉ざした。
眠りの誘いは訪れず、いつまでも唯、背を撫でる梶原の大きな手のひらを感じていた。
時折、梶原の、小さく秋葉の名を呼ぶ声が、耳に届いた。



紡がれる名は恋の唄。

呼ぶ都度都度に調べを変え

想いをのせて、唄われる

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