機動捜査隊(頂きもの)

□とりとめのないもの
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何処からか子供の泣き声が聞こえていた。
小さくしゃっくりを繰り返している声が。
見れば実家の庭の隅で子供がしゃがみ込み、背を丸めて泣いていた。
ああ、あれは自分だ。
そう感じた瞬間、梶原は幼い己に溶け込む。
小さい頃、そういえば自分はよく泣く子供だった、と僅かに残った『梶原』の意識が思考した。


「っく。…う、ひっ、く」
なんでボクは泣いているんだっけ?
もう、ずいぶんと泣いていたボクはそもそものリユウが思い出せなかった。
あ…、そうか。
お姉ちゃんと一緒にイタズラして、お母さんに怒られたんだ。
カチキなお姉ちゃんは、叱られても絶対泣かない。
そんで、ボクが泣くと『泣き虫』って言う。
それがもっと悲しくて、ボクは泣くのをおしまいに出来ない。
お母さんはお店が忙しいから、オセッキョウするとすぐにお店に戻っていっちゃったし、お姉ちゃんはお母さんが部屋を出たとたん、ぺろっと舌を出して、遊びに行ってくるって出かけちゃった。
だから、ボクは庭の隅っこで止まらないナミダと戦っている。
どうして、ナミダって『オクのダイドコロ』の古い蛇口と一緒で、中々止まらないんだろう。そんなことを頭の隅で考えながら。
「なんで、泣いているの?お母さんに叱られたの?」
声に驚いて、涙がぴたりと止んだ。
まだ、息は少し、苦しかったけれど。
裏木戸からこちらを見ている男の子がいた。
見たことのない子だ。
真っ黒い髪がお日さまの光で、天使の輪っかみたいにひかっている。
色が白くてお姉ちゃんの部屋のガラスケースに飾られたお人形みたいだった。
「…だあれ?」
「僕はしゅうじ。君は?」
「ヒデキ…」
「ヒデくんか。なんで泣いてたの?」
多分お姉ちゃんと同じくらいのそのお兄ちゃんは、ポケットからハンカチを出すと、ボクに差し出した。
大好きなフラッシュマンのハンカチだった。
「ボク、レッド大好き」
「僕はグリーンが好き。…あげるよ、そのハンカチ」
だから、泣かないでね。
お人形みたいなお兄ちゃんは笑って言った。
ボクはもうナミダは止まっていたから、首を横に振った。
だって人のものはムヤミにもらっちゃいけないんだ。
お祖母ちゃんがそう、教えてくれたもの。
ぶんぶんと頭を振ってたら、くらりと目が回った。
「僕、本当はライダーの方が好きなんだ。だから、君にあげる」
ライダーってなんだろう?って思ったけど、繰り返して『あげる』って言ってくれたお兄ちゃんに、まずお礼言わなきゃ。
「…ありがとう。…」
さっき聞いたはずのお兄ちゃんの名前、なんだっけ?
ボクの顔には多分、そのまんま書いてあったんだろう。お兄ちゃんは笑った。
優しいエガオだった。
「しゅう、だよ、ヒデくん」
「ありがとう、しゅうちゃん」
そうして、ボクはしゅうちゃんとトモダチになったんだ。



「しゅう、ちゃん…」
「……」
秋葉は梶原の寝顔を眺めるのが好きだ。
だから、その日の朝も、いつもと同じ様に眠る梶原を見つめていた。
夢を見ているのか、瞼や頬が時折ひくり、と動く。
そして呟いた言葉が先刻のそれ、だった。
一体どんな夢を見ているやら。
梶原が目覚める時間まで、まだしばらくある。
梶原の腕へ猫の様に額を擦りつけると、秋葉はゆっくりと目を閉じた。



「何の夢、見てたんだ?」
「夢、ですか?」
休みの遅い朝食中、いきなり言われた科白に、梶原は確認をとるように問い返した。
「そう。お前、寝言言ってた」
「覚えてません、けど……なんてっ?なんて言ってました、俺?」
少々慌てた様子の梶原に、普段こいつはどんな夢を見ているのかと、秋葉はちょっとだけ不審に思う。
けれど。にやりと笑って。
「…秘密」
秋葉は告げた。
直ぐ様、梶原は唇を尖らせる。
「それって、ズルくないですか?」
「だって、覚えていないんだろ?」
「それは、そうですけど」
気になるらしく、ぶつぶつ独り言を繰っている梶原に、秋葉は手にしていたマグカップを差し出した。
「お茶煎れて。お前が煎れた方が美味しいから」
「…は〜い」
カップを持ち立ち上がった梶原の背に。
「可愛かった」
秋葉の、感想だろう、声が届いた。
一体、自分は何を言ったんだろう。
ロクでもないことを言ったのではないらしいことに安堵しつつ、解決しようのない悩みに、梶原は休日の朝から頭を痛めたのだった。

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