職員通用口

□無明(相模×秋)
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いい夢をみた。
相模は目を開き、思った。
どんな夢をみたか、全く覚えてはいなかったが。
だが、…逃げられた。
意味のわからぬ思いが込み上げ、相模はくつくつと笑いを洩らした。
鉄格子の嵌められた部屋は、仄かなオレンジ色のライトに照らされている。
しかし、赤色を認知出来ない相模の目には薄暗い闇が続くだけだ。
笑いが治まると、隣の房から密やかに啜り泣く声が聞こえた。
「…うるせえんだよ」
今まで折角良い気分だったのに。
頭上に腕を振り上げれば、すぐに壁に手があたる。
勢いのあるそれは、どん、とコンクリの壁を低く震わせた。
壁の向こうの泣き声が、ぴたりと止む。
「相模。起床前の時間だ。…静かにしろ」
代わりに、鉄格子の向こうのデスクから声が届いた。
「へえへえ」
悪びれることなく相模は返事をすると、再び目を閉じた。
瞼を閉ざした相模の唇から小さく呟きが漏れる。
「…次は……」
凶悪な事件を起した相模の様子を、警務官は注意深く伺っていたが。
相模の声は小さく。
彼の耳に入ることはなかった。


いつから歩いていたのか、秋葉にも定かではない。
自分の足元からはさくさくと砂を踏むような音が聞こえる。
それ以外は無音の世界。
辺りは薄墨を流したように暗く、足元も覚束ない。
霧が黒く色をつけると、こんな感じだろうか。
しかし、息苦しさはなく。
寧ろ、秋葉は心地よさすら覚えていた。
「っ!」
細かな粒子に混ざった硬い何かに靴底を捕られ、秋葉は体勢を崩した。
そこで一度立ち止まり、秋葉はシャツの袖で額に薄く浮いた汗を拭う。
時々あるそれに、下を確認したいとは思うのものの。
一度蹲れば、もう二度と立ち上がれない予感もする。
だから、秋葉は前を向き…ひたすら歩き続けた。


暫くして。
空気が変わるのを秋葉は感じた。
「誰、だ」
何処からか、自分以外の声が聞こえる。
秋葉の前には、変わらぬ薄墨が広がるばかりで。
声の主は見えなかった。
無明の闇とは、漆黒のそれのことだと思っていたが。
明度はあるが、何も見えない。
これこそが、真の闇、なのだろう。
そう思った時、不意に。
「秋葉じゃねえか…。なんで、ここにいるんだ、お前?」
秋葉のすぐ目の前に、あいつがー相模が、いた。
思わぬ出会いに、秋葉の顔は強ばり。
「さ、がみ…」
強ばる表情のままに声もでず。
絡んだ視線が外せない。
冷たい汗が脇を伝う。
相模は秋葉の片腕を乱暴に掴むと、にやりと笑みを浮かべた。
「わざわざ、獲物がテリトリーに入って来たんだ。…逃がすと、思うか?」
相模は、この薄闇を、領域という。
「なんで…お前が…」
ここにいる?
「ここは、俺、だからだよ。…そんなどうでもいいことよりも…秋葉ぁ」
この何もない空虚を、自分だと、相模はいう。
相模の狂気を帯びた呼び掛けに、びくりと、知らず相模に捕らわれたままの肩が、揺れ。
秋葉は漸く視線を外すことが叶った。
相模の口からくくっと、笑声が漏れる。
「怖いか?…なら、もっと…恐がれよ……その方が楽しいからな」
笑いの合間に、相模は言い放ち。
口を閉ざした相模の顔から笑みが消え、瞳は虚ろを映すのみとなる。
だが。身を竦ませている秋葉が彼の変化を目にすることはなく。
「い、嫌、だ」
漸く声を発すると、秋葉は顔をあげ―眼光鋭く相模を睨みつけた。
怖いと思ったら……負ける。
秋葉の恐怖に反応するかのように。
相模の顔は再び笑顔を形作り。
「いい目だなぁ…。その目を見ると…壊したくなる。…お前は、何が怖い?何を恐れる?…教えてくれよ…俺に」
その声は甘さすら滲ませて。秋葉を追い詰める。
「………」
己を睨み付けるのみで、腕を振り払うこともしない秋葉に、触れる位置で相模が囁いた。
「お前は、何が怖い?」
…そんなもの、決まっている。
相模。お前、だ。
俺の心を堕とす、お前が、怖い。
言えるはずもない言葉を抱いた秋葉に、相模は惑わすような美しい笑みを浮かべると。
強い力で、秋葉を地面に引き倒した。
仰向けに倒れ込んだ秋葉は、勢いを殺すべく咄嗟に手と肘をつく。
「っ!」
肘に瞬間、熱さが走り。秋葉は、その部位を反対の手で押さえた。
押さえた右手の指の狭間から、血が白い布地ににじみ出るのがかい間見えた。
赤い、血、が。
肘をついた先に目をやると鋭いガラス片に微かな赤。
砂に埋もれて、見える範囲でも所々に落ちていた。
あぁ、足を捕られていたのはガラス片か…。
頭の片隅でそんなことを秋葉は思った。
「色のないはずのガラスに………が見える…。血、か?」
相模の目に光が灯り。狂気の満ちた笑みに口を歪める。
「教えてくれよ、秋葉。血の色を…」
…そこから先は、蹂躙、だった。
相模は秋葉の血に濡れた鋭利な欠片を掴み上げ、倒れたままの彼の胸を切りつける。
「!ぐっ!」
胸を裂かれ、痛みに身体を丸めた秋葉の身体に蹴りをいれ、うつ伏せにするとその腰に馬乗りになり、抵抗を封じ込めた。
「お前の血の色は、さぞかし綺麗なんだろうなぁ」
言い様秋葉の背中にガラス片の凶器を滑らせる。
「っつう!」
苦痛に呻きを漏らした秋葉は起き上がろうとするが、腰骨の上から押さえつけられては適わない。
びりびりと鈍く布を裂く音が聞こえ、背中が外気に晒されるのを秋葉は感じた。
見えぬ場所に覚える恐怖と共に。
「い、やだっ!止めろぉっ!!…くぅっ!」
そのまま、何度も何度も。背中を相模に切り刻まれていく。
身体が血に滑りを帯びるのを感じながら、新たな傷の生じる感触に秋葉は苦痛の叫びを上げた。
「うっ!いゃだぁ〜っ!」
叫ぶ秋葉を見下ろす相模の顔が、淫猥に色をつけた。
「ああ…勃起しちまった。…入れさせろよ、秋葉」
痛みに耐える秋葉の耳に、言葉の意味までは届かず。
続いていた苛みが止んだことに安堵するのみの秋葉は、感覚が麻痺を起こし。
下半身が曝されたことに気付けない。
苦痛の呻きを漏らす秋葉の尻を抱え上げ、相模は秋葉の身を力任せに、突き入れた。
あり得ない箇所に生じた、身を裂く激痛に、秋葉は悲鳴をほとばしらせた。


「いや、だぁ〜っ!!!」
絶叫で、目が覚めた。
……何だか酷く嫌な夢、をみた気がする。
夢の内容は覚えていなかったが。
昨日締め忘れた窓から、強い日差しが差し込んでいた。
だが、…逃げられた。
何故かはわからぬままに秋葉はそう思う。
大きく息を吐き出すと、寝汗に濡れたシャツが身体に張りついて不快だった。
「…シャワーでも浴びるか…」
濡れて重みを増したシャツを、立ち上がりながら秋葉は脱ぎ捨てた。
「……?」
風呂場の鏡が目に入り。見るとはなしに見ると、自分の左胸に赤い痣があった。
何かにぶつかって出来たものではなく。
どちらかと言うと……
肩にある跡の様に…傷跡に、近かった。
しかも、鋭利な何かで傷つけられた…。
「なんだ…?」
だが。覚えがあるはずもなく。
気を取り直し、シャワーのコックを捻る。
降り注ぐ熱い湯が眠り疲れた身体に心地良かった。
鏡に映る秋葉のその背には、無数の線を引いたような赤い跡。
…それは、相模によってつけられたものと、同じ。



次は…

…逃がさないよ…

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