職員通用口

□君が好き(梶×秋)
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あなたを愛してから

この心は

ろくな事を考えない

あなたの心を

殺して
乱して
狂わせて

お前だけが欲しいと

その濡れた唇が

そっと囁くまで



「昨日の俺のラッキーアイテム?何だったんだ?」
シャワーを浴び着替えを終えた秋葉が髪を拭きながら、ベッドに腰掛けて本を読んでいる梶原に問う。
メールを開いてみようかとも思ったが、どうせ彼がこの部屋に来るだろうと予測していた秋葉は、何となく、答えを梶原の口から聞きたかったのだ。
「………」
珍しく不機嫌そうな表情で梶原は秋葉を手招いた。
「何で怒ってるか、分かります?」
梶原は、自分の隣をぽんぽんと叩き、秋葉がそこへ座るのを待って口を開いく。
「………メールを最後まで読まなかったから?」
秋葉は唇の傷を消毒するために、床に置いた薬箱の中から消毒液を取り出す。
脱脂綿の代わりにガーゼを丸めて液体を含ませながら、首を傾げて梶原を見た。
「ち、が、い、ま、す」
梶原は、秋葉の身体を押し、後ろに倒した。
その手からガーゼを奪い取ると、唇の傷にそっとそれを触れさせる。
「痛……っ」
秋葉は顔をしかめて小さく声を上げた。
口の中まで切らないように歯を噛み締めていたとは言うが、やはりナイフの柄で力任せに殴られた為に、唇だけでなく内側にも少し深い傷があった。
「……何?」
「生きた心地がしませんでした」
目の前で秋葉がナイフを突きつけられている、そんな姿を見て。
冷静で居られるほど、自分は強くないと梶原は思う。
「しかも秋葉さん、殺してみればいいとか言うし!」
「……言ったかな、そんな事」
上体は梶原の手に押さえられたまま、秋葉は居心地が悪そうに目をそらす。
「言った!!」
ガーゼを押し当てたまま、梶原が秋葉の顔を上から覗き込む。
仕方なく目を合わせた時、梶原の目が意外なほど傷ついた色を浮かべていたので、秋葉は言葉を飲み込んだ。
「…………秋葉さんの、昨日の運気アップのキーワードはね」
梶原がふと表情を和らげて呟く。
「獅子座の後輩だったんです」
秋葉は星占いには詳しくない。
辛うじて自分の星座が山羊座だという事は知っていたが。
しばらく考えて、秋葉は笑う。
「……お前かよ」
「そうです。ちゃんとメール読んでおけばよかったでしょ?」
梶原は立ち上がると、ガーゼをゴミ箱に放り込む。
「秋葉さん……」
ベッドの上に起き上がった秋葉の頬を、梶原は正面から両手で包む。
「どうしてあの時、笑ってたの」
ナイフを突きつけられた秋葉が浮かべていた笑み。
その笑みが一番梶原を戦慄させた。
「………?」
秋葉は何を言われているのか分からない、という表情を浮かべて梶原を見上げる。
「笑ったでしょ秋葉さん。理由、聞かせて」
秋葉は目を伏せて視線を泳がせた。
「知らない……」
秋葉の声が掠れる。
「覚えてないの?」
梶原は床に両膝をつき、秋葉の身体を抱き寄せた。
「よく思い出して。何を考えてたんですか?」
微かに震える秋葉の背中を左手で撫でながら、梶原は右手の指先で秋葉の唇に触れようとした。
それを拒むように、秋葉の身体がびくっと跳ねる。
「覚えてない……」
時折、秋葉は感情と行動が一致していない事があった。
「誰かの声が聞こえた?」
そんなときは決まって秋葉の意識を、何かが捕らえている。
「また、誰かに呼ばれてたの……?」
秋葉は首を横に振りながら、梶原の肩口に顔を伏せた。




噛み締められた唇から時折漏れる、密やかで甘い吐息と。
苦しげに眉を寄せて何度も首を振る、その姿が好き。
綺麗に反らされる首筋や、猫を思わせるしなやかな背中も。
細い指先が僅かに跳ねる瞬間も。



シーツを固く握り締めた秋葉の右手に、梶原は自分の手をそっと重ねる。
背中を押さえ込まれ、腰だけを高く上げた状態で後ろから深く貫かれ。
秋葉は枕に右頬を押し付けて苦しげに喘ぐ。
「………っ」
梶原が絡めた指を、秋葉は強く握り締めた。
気付けばその手首にも、手錠で擦った跡が残されている。
「どうして、笑ったり、したの?」
どうして、と問うてみたものの、その答えを秋葉の口から聞きたくない気もして。
梶原は、秋葉を深く深く穿つ。
曖昧にごまかした秋葉の心の暗闇に触れるより、今は彼を全ての物から遠ざけて余計な事を考えなくても済むくらいに狂わせたい。
体内の熱だけでなく、その肌の熱にも触れたくて梶原は秋葉の背中に身体を重ねた。
「……ぁ……っ」
「誰の声も、聞こえないくらい……」
梶原は秋葉の左耳に囁く。
「俺だけの声を聞いて……俺だけが知ってる、声を聞かせて」
抱き締めた腕の中で、秋葉が身を捩る。
「……あ……ぁ…っ」
浅く息を吐きながら秋葉は顔を上げ、背中をそらして虚ろに濡れた瞳をさ迷わせた。
口を開けたために、一度塞がっていた唇の傷から薄く血が滲む。
梶原の舌がそれを舐めた。
「秋葉さん……」
耳朶を軽く噛み、秋葉に自分の吐息を聞かせる。
「秋葉さんの、ナカ……熱い……ね…」
「…………っ」
耳の奥に囁かれたその言葉に、秋葉の身体が反応した。
締め付けられて、梶原は軽く呻く。
痛々しい唇の傷に、もう一度触れるだけの口付けを落とし、梶原は意識が朦朧とし始めた秋葉を突き崩していく。
例え、死の淵から誰が秋葉を手招いていたとしても。
「誰にも、渡さないから……」
その梶原の呟きに、声にならないほど密かな声で秋葉が梶原を呼んだ。
どれだけ秋葉が梶原に溺れているのかを示すように、情欲に掠れた声で、何度も。
「……好き……」
しなやかな肢体を抱き締めたまま、梶原は囁く。
「好き……」



空虚な心と身体を。
この言葉で満たしてしまえたらいいのに。
どんな災厄も、入る隙が無いほどに。

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