職員通用口

□十六夜月夜(梶×秋)
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誰のものにもならない傷ついた野良猫


飼い慣らされることのない、その孤独な魂は



征服欲を掻き立てる





空には
十六夜の月





ドアを閉めて、鍵をかけた途端、梶原が秋葉を抱き締めた。
「ま…って…梶原…っ」
「やだ」
スーツのボタンを外し、更にネクタイの結び目に指をかけた。
しゅるりと摩擦音をたてたそれを、引き抜き廊下に落とす。
シャツの裾から手を入れて、秋葉の肌に触れていく。
喉元を舐め、背筋を指先で撫で下ろせば。
「……っ」
秋葉が息を飲む音が聞こえた。
「ねえ、俺のも脱がせて…」
秋葉の肩口に顔を伏せたまま、梶原はそっと囁く。
背中に回されたその指先が、微かに跳ねた。
梶原がしたように、スーツのボタンを外し、ネクタイをシャツの襟から引き抜く。
それから秋葉は、自分かされたのとは逆に、首の方からシャツのボタンをひとつひとつ外していった。
「シャワー、浴びよっか…」
梶原は秋葉の上着とシャツを脱がせて、ベルトのバックルに手をかける。
性急でいて何処か落ち着いたその行動に、秋葉は緩く首を振った。
こうなってしまえば。
お互いにもう止まる事はできない。
激情に押し流されるまま、それを受け止めるしかない。



「や……ぁ…っ」
少し熱めのシャワーを肌に受けながら、 梶原は跪いて秋葉の右足の膝下を自分の肩から背中に上げさせ、秋葉自身を口に含む。
壁に背を預け、不安定な体勢のままで奉仕され、秋葉はがくがくと震えた。
「い……っあ、ぁ…っ」
脇腹を手のひらで撫で、朱に染まっていく肌を見上げる。
秋葉は他に縋る場所もなく、梶原の髪に指先を絡めた。
「ん…ぁ…っあぁ…っ駄目…っ」
喉を反らせて秋葉は喘ぐ。
梶原は舌を絡めながらそっと後ろに指先を忍ばせた。
「や……っ」
びくりと跳ねる秋葉を宥め、梶原は中指を徐々にそこに埋めていく。
「…っ嫌…っ!」
秋葉の足を空いた手できつく押さえつけてしまえば、簡単に抵抗は封じられる。
「ん、ん…っ」
唇の動きに合わせ、指で中をかき回す。
「あぁ……っ」
秋葉の声が悲鳴に変わる場所を探り当て、そこばかりを執拗に責めれば。
「…っぁ…っい…や…っ」
秋葉が首を振る度に水滴が飛ぶ。
一度達してしまえば楽になれるのに、秋葉は梶原の口に己の欲情を吐き出してしまう事をひどく嫌がる。
梶原のそれを受け止める事は厭わないくせに。
「秋葉さん…」
一旦唇を離し、梶原は秋葉を見上げた。
涙で潤んだ瞳と目が合う。
そっと指を引き抜こうとすれば、締め付けてくるのは身体の反射。
「イきたくない…?」
焦らすように内股に舌を這わせる。
口を離した代わりに、今度はゆるゆると秋葉を指で上下に扱いて刺激を与え続けた。
ちり、ときつく吸い上げて、白く滑らかな肌に赤い華を散らせていく。
「ふ…っぁ…っ」
「イきたくないの…?」
秋葉が正直に本音を口にするには時間がかかる。
梶原は答えを待ちながら幾つもの跡をつけていく。
「こ、の…っまま……っ」
崩れ落ちてくるのは身体ではなく。
心。
口ではなく、手で絶頂に導いて欲しいと秋葉は喘ぎながら言う。
「足…っ離して…っ抱いて…」
「…いいよ…」
するりと秋葉の右足を下ろし、梶原は秋葉の肌に口付けをしながら立ち上がる。
首筋から顎に甘く噛みつき、それから薄く開いたままの秋葉の唇に自分の唇を重ねた。
深く舌を絡めれば、秋葉は梶原の背中に両手を回してくる。
「…我慢しなくていいから…」
秋葉を壁に押し付け、梶原は再び手で秋葉に触れていく。
「んあぁ…っあ…っ」
力を入れ、速度を上げて擦れば、秋葉の嬌声は切迫感を帯び。
身体を震わせ、一際高く短い悲鳴を上げて秋葉は達した。
小さく痙攣するその身体を梶原はきつく抱き締める。
秋葉の濡れた髪をかき上げてやり、耳元に唇を近づけた。
そっと言葉を囁けば。
背中に回された手に、少しだけ力が入る。
それが、答え。



梶原はベッドに寝かせた秋葉の首筋から胸へと口付けを落としていく。
その途中、薄灯りの下ふと眉をひそめ、梶原は秋葉の顔を覗きこむ。
「…この、あざ…どうしたの?」
秋葉の身体、その、みぞおちのあたりを見て梶原は顔をしかめる。
風呂場の明かりでは分からなかった、その痣。
そこは痛々しいほど、皮膚が青く変色していた。
「……森下のオッサン、に」
くすり、と笑い、まるで他人事のように秋葉は呟く。
何もかもが面倒だとでも言わんばかりの表情はいっそ自虐的で。
「また、森下さんに?」
「あの、オッサン…さぁ…」
秋葉は梶原に服を脱がされながら、笑う。
「この前の剣道の時も、やっぱり左肩ばっか狙ってくるしさ…」
「秋葉さん。それ、笑える話じゃないから」
おかしくてたまらないという風に笑い続ける秋葉に、梶原は言った。
「笑えない?何で?」
「全然笑えません」
「…ふうん、そう…」
真顔の梶原を見て、秋葉は不思議そうに首を傾げながら起き上がる。
梶原の身体から擦り抜けるように床に降りると、壁にある灯りのスイッチまでそっと歩いていく。
「灯り、全部消していい?」
「うん」
そう答えた途端、部屋の灯りが落ちた。
カーテンを閉めた向こうから、淡い街の光が入り込む。
「ほら…月、見える」
ベッドに戻り、カーテンの隙間から見える月を秋葉は指差した。
「ねえ…何で、笑うの?俺だったら絶対笑えない」
更衣室のロッカーに残された悪意だけでも、心に鉛を埋められたような気分になるのに。
梶原は何かをはぐらかそうとする秋葉のその手を取り、もう一度その身体を抱き締める。
秋葉はベッドに転がりながら笑みを深め、梶原の頬を撫でた。
「笑ってないと……」
その笑みは澄み切っていて。
梶原の右手を取り、そっと指先に唇をつけ。
「本気で……殺してやりたくなる、から、さ…」
そう呟くと、秋葉は再び笑い始めた。
「でも、殺っちゃうと仕事出来なくなるし…?…我慢してる」
我慢していると言うよりも。
慈悲を持ってそうしてやっているとでも言うような、一種傲慢な瞳。
「痛く、ない?」
秋葉に掴まれた手を離し、梶原はその痣に触れる。
「痛くない」
秋葉は笑い、梶原の首に両腕をかけて引き寄せた。
「こんな痛みなんか…もう…感じない」
どちらからともなく口付けを交わす。
梶原の舌を絡め取り、秋葉は目を閉じた。
「………お前、だけだ…俺に…」
生きている世界を見せてくれるのは。
揺さぶり、突き崩して、身体ごとそれを伝えてくる。
その声だけ。
その手だけ。
その心だけが。
白黒の世界に色彩をくれる。
「秋葉さん、もういいよ…笑わなくても大丈夫」
秋葉が自覚していない、感情と言葉や表情の不一致。
それを見ている事は梶原にとっては辛い。
「………ぁ……」
きつく肌を吸い上げれば、秋葉は切ない声を上げる。
それを聞くために、梶原はいくつも秋葉の肌に鬱血の跡を付けていく。
先日見た、彼岸花の夢のせいなのかも知れない。
頭の何処かでそう思う。
「ん………っ」
「秋葉さん……いい?」
梶原は跳ね上がる秋葉の身体を抱き締め、耳元で囁く。
それは言葉での答えを必要とする問いではなく。
梶原は秋葉の身体をうつ伏せに返し、腰を引き寄せた。
秋葉の口に含ませて濡らした指で、少しずつ慣らしたその場所に。
己の欲を埋め込んでいく。
「ぁ…あ…っ」
苦しげに浅い呼吸を繰り返して、秋葉は身体を硬直させる。
それが一度落ち着くまで、梶原はやんわりと秋葉の身体を抱き締めていた。
何度もこうして教え込んだ熱に慣れてしまえば、秋葉は狂い始める。
「…っ…、あぁっ!」
秋葉はシーツに爪を立てて叫んだ。
わざわざ梶原は、秋葉が一番恐怖感を覚える、後ろからの体位で貫く。
繋がっている場所と押さえつけられている腰以外、梶原の存在を感じられない事が秋葉には恐い。
「ぁ…っあ、や、だ…ぁっ」
耳を塞ぎたくなる自分の声と、梶原の荒れた息遣い。
「んん…っぁ…」
秋葉は揺すり上げられながら、耐えきれず上体を伏せ、声を殺す。
梶原の指先が、つ、と背筋を撫でた。
秋葉の身体が跳ねた場所を何度もそっと撫でる。
「…ぁ…っ」
梶原は無言のまま、秋葉の両腕に手を掛けた。
そのまま、その腕を後ろに引く。
「や…、ぁ…っ」
不安定な体勢で抉るように突かれ、秋葉は背中を反らせた。
肩甲骨が綺麗に浮かび上がる。
「あ……ぁ…っ嫌…あ…っ」
腕を梶原に捉えられたまま、秋葉はそれ以上自分の身体を支えきれず、額をシーツに押し付けた。
秋葉の髪がシーツに触れる度にぱさぱさと音を立てる。
「ふ…っぁぁ…っ」
荒い吐息の下、秋葉の口から切ない声が漏れた。
梶原は、その朱に染め上げられた頬にそっと指先で触れる。
そして徐に腰を進めると、力強く秋葉を抱き締めた。
「…秋葉、さん…」
梶原は秋葉の細い肢体を自分の膝の上に座らせる形にまで、完全に抱き起こした。
「や、ぁぁぁっ!」
秋葉が身を捩れば捩るほど、より深く梶原の熱を受け入れる事になる。
梶原は目を閉じたままの秋葉の身体をきつく抱き寄せ、首筋から耳元に舌を這わせた。
「……っ」
秋葉が息を詰め、震える指先に梶原の髪を絡める。
「秋葉、さん…綺麗…だね…。溶け、そう…」
吐息と共に秋葉の耳にそんな言葉を吹き込みながら徐々に足を開かせ、容易には閉じられないように自分の足で固定する。
後ろから伸ばした左手で秋葉自身をそっと包み込み、親指で先端に滲む雫に触れて秋葉の羞恥心を煽っていく。
「すごいね…気持ち、イイ…?」
唇を噛んで腰を揺らめかせる秋葉に囁き、尚も緩やかに追い詰めていく。
右手の指先は、秋葉の胸の小さな粒を弄びながら、秋葉が少しずつ理性を手放し墜ちていく姿を肌で感じる。
「ぁ、あ…っ」
理性というものなど、自分は秋葉に触れ、この声を聴いた瞬間から失っているのだから。
「いや…っ梶原…っ梶、原ぁ、あっ!」
逃げ場がない所まで追い詰められ、秋葉は何度も梶原を呼んだ。
「何…?」
どこにも縋りつく事も出来ず。
秋葉は苦しげな呼吸を繰り返す。
意図的に焦らすような梶原の触れ方に、気が狂いそうだった。
「も……駄目…っ」
梶原の髪に絡めていた指が力を失って落ちる。
梶原はその手に自分の手を重ね、解放の時を待つ場所へ導いた。
「自分で…してみて…?」
重ねた手を上下に動かせば、秋葉がびくりと肩を震わせる。
二人の手の中で淫猥な音が響く。
「ん…ん…ぁっ」
その動きに合わせて梶原も少しずつ秋葉を突き上げた。
手を離された事にすら気付かず、淫らに揺れる秋葉の身体を押さえ、唇で耳朶を噛む。
秋葉はこの刺激に弱い。
無意識の締め付けに、梶原は息を飲む。
「ごめん、ね、秋葉さん…」
もう少しだけ、乱れ狂うあなたを見ていたい。
梶原はそんな思いを抱き、快感を追う秋葉の右手を取り上げた。
その濡れた指先を一本ずつ口に含む。
「ゃ……っ」
丁寧に舌で指を舐め上げれば、それだけで秋葉は息を弾ませた。
「もう…や、だ……っ」
薄く目を開き、秋葉は梶原の頬に額を押しつけた。
「……か…せ…て…」
汗を含んだ髪を撫でれば、掠れた声で秋葉は呟いた。
「…このまま?」
囁くように耳元に問いかける。
秋葉は身体を震わせて弱々しく首を振った。
本当は分かっている。何処にも縋れない秋葉の心細さを。
「膝で立ち上がって」
自分の足を絡めていた秋葉の足を離し、腰を支える。
「……ぁ…っ」
自身を引き抜き、秋葉の身体を自分の方へ向かせる。
そして正面から秋葉の顔を見つめた。
潤んだ瞳から涙が零れ落ちる。
指先でそれを拭い、梶原は秋葉を抱き寄せた。
手を貸しながら膝を跨がせる。
秋葉は梶原の首筋に両手を回した。
「息…吐いて…力抜いて、降りてきて」
腰を落とさせもう一度ゆっくりと秋葉を貫く。
「ぁ…あ…っ」
すんなりと梶原を受け入れながらも限界が近い秋葉は、梶原の肩口に顔を伏せた。
ただ、その両腕は。
梶原の身体を抱き締めた事で安堵したように、その存在を確かめるように何度も汗に濡れた背中を撫でる。
「俺も、イき、そう…」
そう伝えれば秋葉の身体が蠢く。
腰を擦り付けるように揺らしながら、梶原が与える快楽に応えてくる。
動きを合わせるように秋葉の背中と腰を引き寄せ、激しく揺さぶった。
「ん…っぁ……やだ…ぁあっ…イっ…ちゃ…う…」
悲鳴を上げて秋葉は梶原にしがみつく。
「いいよ…イって…っ柊、二…」
その言葉は、意識を手放しかけている秋葉には聞こえない。
それでも梶原は、秋葉の名を呼んだ。
この世に生を受けてから、ずっと彼という人格を縛る名を。
秋葉の魂に触れたかった。ただそれだけの、しかし切なる思いで梶原は秋葉の名を呼ぶ。
その声が届いたのか、ふと秋葉が顔を僅かに動かした。
そして艶やかな一瞬の笑みを梶原に見せる。
狂わされているのはどちらなのか。
その笑みを見せつけられれば、本当に分からなくなる。
切なくて、愛おしくて。
秋葉の身体は、頼りない程簡単に腕の中に収まる。
梶原は嬌声を上げる秋葉のその身体を、きつくきつく抱き締めた。
「イって…っ」
「ふ…ぁっ…ああ!」
梶原は秋葉の全身を落とすように揺らす。秋葉が身体を大きく震わせた。
その衝撃を感じながら、梶原も達する。
乱れた呼吸の中、秋葉の手が梶原の背中から滑り落ちていった。
くたりと全身の体重を梶原に預けてくる秋葉に頬を寄せ、髪をそっと梳いていく。
秋葉はもう一度、落ちた右手を持ち上げ、梶原の首筋から背中を撫でた。


皓々と光る、十六夜の月だけがそれを見ていた。


静かの海へ

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