職員通用口

□晩夏
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合わせた胸の、肌を通して

鼓動が伝わる

その圧倒的な激しさが浸透してくる

それは、心が震える瞬間


唇には妖艶な笑みを

瞳には狂気を

あえやかな声と仕草で


何処までも、密やかに墜ちていこう



「今年は夏祭り、行けませんでしたねえ。花火大会も雨で中止だったし……」
窓の外は雨。
時折稲妻がネオンとは別に、空を明るく照らす。
秋葉はカーテンの隙間から窓の外を眺めている。
梶原の言葉には答えず、とんとん、と右足の爪先で床を蹴っているのだが。
機嫌がいいのか悪いのか。
和裁を習い始めた梶原の姉、依子から宅配便が届いたのは先月の事だ。
大きな箱の中に、手縫いの浴衣が入っていた。
秋葉には、紺を基調にしたもの。
梶原には、茶系の浴衣を。
まだ練習で作ったものだからうまくはないが、良かったらこれを着て2人で夏祭りにでも行け、という趣旨の手紙も添えられていて。
秋葉にその浴衣を見せた時……もちろん姉からの手紙の内容は秘密にしていたが……、秋葉は手縫いである事にひどく感心していた。
だが、一度タイミングを外すとその連鎖が起き、結局今になってもまだ秋葉は依子お手製の浴衣に袖を通せていない。
しかし。
今年は去年一緒に出かけた花火大会にすら行けない状態だったのだ。
秋葉は例によって今年も一度、少年課の補導に借り出されたのだが。
当然それは仕事であり、その日は梶原も夜勤だった。
いつの間にか、8月は終わる。
長いようで短い夏が終わるのだ。
ここ最近、梶原の携帯には幾度も依子からのメールが入って来ていた。
せめて浴衣を着た感想だけでも伝えなければ、申し訳ないし何より後が恐い。
そんな理由で、特にそれを着て出かける予定があった訳ではないのだが、今夜は秋葉に浴衣を着せている。
梶原は実家の家業の関係で、着物や浴衣の着付けは問題なく出来るのだ。
秋葉はその事にも少し首を傾げながらも驚いていた。
風呂上りの汗が充分に引いてから、さらりとした手触りの浴衣を着せた頃、雨の音と共に遠雷が聞こえ始めたのだ。
「秋葉さん、着てくれてありがとう。もう、浴衣脱ぐ?」
梶原が普段着に着替えて声を掛けても、まだ秋葉の右足は静かに床を蹴っている。
雷も少しずつ近付いているし恐らく機嫌がいいのだろう、と思いながら梶原は後ろから秋葉を抱き締めた。
「雷、好きだね……」
「……うん……」
素直に梶原の腕に身体を預け、秋葉は微かに笑う。
大粒の雨が、ベランダを濡らし始めた。
どうやら本格的に雷雨になるようだ。
梶原は無言で手を伸ばし、カーテンを閉じる。
そして腕の中の秋葉の首筋に、唇で触れた。
僅かに身体を緊張させ、秋葉は息を詰める。
「脱がせてあげる……」
耳元で囁き、秋葉を正面から抱き直すと、秋葉の漆黒の瞳と目が合った。
「綺麗」
梶原はそう呟き、秋葉の頬を指先で撫でる。
秋葉はふと妖艶に微笑み、その手に自分の手を重ね。
梶原の指先を自らの口に含んだ。




浴衣を着たままの秋葉を、そっとベッドに押し倒す。
「脱がないとシワになると思う、けど……?」
秋葉は笑いながら小さくそう言った。
その言葉には構わず、梶原は少しだけ浴衣の胸元を肌蹴させる。
「傷だらけ、だね……」
稲光が露わにする、秋葉の身体。
一番ひどい傷はもちろん左肩に残されたものだが。
こうして見つめると、秋葉の細く薄い身体には、いくつもの傷跡がある。
ほとんどは防御創といってもいいのかも知れない。
その傷は腕に集中しているような気もする。
比較的新しい傷が多い。
梶原が秋葉の身体を知ってからでも、少なくとも3箇所以上は他人につけられた大きな傷が増えた。
「傷モノは、嫌?」
秋葉はくすりと笑い、梶原の腕に手を伸ばす。
本当は、頬に触れたい。
だが、絡まった浴衣がその欲求の邪魔をする。
「またそんなこと言う……。この前もルーズリーフ君にそんな事言ったでしょう。ちょっと困ってたよ?ルー君が」
先日。
各課合同で行った逮捕術訓練の後の更衣室で、ルーズリーフこと、宮本が偶然秋葉の左肩の傷を見てしまった。
貫通銃創など、滅多に直に見る事はない。
眉をひそめ、その傷跡を凝視してしまった宮本に。
『この傷がそんなに珍しい?』
と、秋葉が一言言ったのだという。
さすがに秋葉に敵対心を燃やしている宮本も、その言葉と秋葉の笑みには気圧されてしまった。
彼は梶原に、秋葉は恐い、とぽつりと言った。
「あいつの話はするなよ…今は」
秋葉は両肘をついて少しだけ身体を起こし、唇を歪めて笑う。
秋葉にTシャツの裾を引っ張られ、何もかもを見透かされているようで、梶原も笑った。
服を脱ぎ、壊れやすいガラス細工を扱うように秋葉の肌に触れ、浴衣の左側だけを肩から腕までゆっくりと落とす。
するりとそれが落ちて行く間、秋葉は目を伏せていた。
「梶、原……」
喉元を軽く食まれ、秋葉は声を上げた。
梶原は秋葉の身体を支え、シーツの上に背をつけるように促す。
「梶原……っ、や……っ……見ないで……」
梶原に左肩の傷跡を見つめられているだけで。
秋葉は身体の内側の熱が上昇してしまう事を自覚する。
「見られてるだけで、感じちゃうんだ……?」
「違……、ぅ……」
浴衣の生地よりも濃い目の紺色の帯も、長い裾も。
絡まる衣が秋葉の自由を奪う。
梶原は笑み、静かに傷跡に口付けを落とした。
「……ん……っ」
身体を重ね、背中側に入れた手で、銃弾の抜けた跡を塞ぎ。
指先でその場所をくすぐる。
「ぃ……ゃ、……あ……っ」
秋葉の目に、涙が溢れた。
それを隠す様に、秋葉は首を振る。
その涙を唇で吸い取り、梶原はもう一度秋葉の身体を見つめた。
「傷だらけ……」
それでも。
「綺麗……」
歪な傷跡も、醜いとは欠片も思わない。
梶原は右手で安心させるように秋葉の髪を撫でた。
「ふ……、ぅ……」
時折否定の言葉を口にする、嘘つきな唇を塞ぎながら、熱を持ち始めた下肢へと手のひらを這わせる。
立てさせた片膝の内側を焦らしながら撫で、僅かな刺激で芯を持ってしまった部分に触れると、秋葉の身体は面白いほどに跳ね上がった。
「や……っ梶原…ぁ、あ…」
傷跡で遊んでいた唇を胸の尖りに移し、舌先で軽く突く。
梶原が浴衣の布地を肘と膝で押さえている分、秋葉の動きは制限されてしまう。
縋りたいのに、縋れない。
そのもどかしさが、更に秋葉の熱を高めていく。
溢れ始めた先走りを指で絡め、その音を故意に秋葉に届くように聞かせる。
「もう、こんなに濡れてる。ほら……」
「……っ、や……」

濡れた指先を秋葉の口元に運べば、秋葉は目を閉じてそれに舌を絡めた。
ちゅく、ちゅくと音を立てて吸われていると、梶原もまるで自分自身を秋葉の口に含まれているような擬似感覚に陥る。
目元を微かに赤らめ、一心に梶原の指を濡らす秋葉に、梶原も欲望を制御できなくなっていく。
唾液が滴る程に濡らした指先で秋葉をゆっくりと慣らしながら、指の数を増やす。
「イヤ、あぁぁ……っ!!」
秋葉の内側から、一番感じる箇所を押し上げ、弾けてしまいそうな彼自身を梶原は温かい口中に導いた。
途端、秋葉はあまりの快感に悲鳴を上げる。
「俺が、欲しい?」
最後の理性が砕けるまでに、あと少し。
そのギリギリのラインで、梶原は秋葉に問いかける。
欲しがらせて、望ませて。
自ら淫猥に奈落へ墜落してくる秋葉の姿を、目に焼き付けてしまいたい。
「も、…ほし…い……梶、原……っ」
梶原に触れる事が出来ず、秋葉はシーツに爪を立てる。
まるで誘う様に腰が揺れ、梶原の指は締め付けられる。
梶原は指をその場所から抜き、秋葉の右足を抱え上げた。
ゴムで覆った己自身に手を添え、秋葉の最奥を暴いていく。
「は……ん……っ」
秋葉は喉を反らせ、目を見開いた。
熱い体内は、もっと奥へ梶原を導こうと蠢き。
その感触に梶原は吐息を零す。
秋葉の肢体に絡まる浴衣が、非日常の世界へと意識を連れ去る。
ゆるやかに梶原が腰を動かすと、秋葉の足の指先がぴんと張り詰めた。
「ん……ぁあ……っ」
秋葉の身体が震える。
「ここ、気持ちイイ……?」
その梶原の声に、顔を逸らした秋葉の頬に、更に赤みが差す。
「…い…ぃ……」
深い吐息と、相変わらず控えめな喘ぎ。
それは梶原にとっては物足りない。
しかし、秋葉が見せる恥じらいとは間逆に、梶原を咥え込んだ場所は梶原を捕らえて深みに引きずり込む。
「く、ぅ……」
梶原は動きを止め、小さく呻く。
梶原も、この身体に欲情し、快感を覚えているのだと。
秋葉はその事に喜びを感じる。
「あ……、すごい……気持ち、い……」
梶原は秋葉の耳元にそう言葉を落とした。
軽い音を立て、梶原の額から流れ落ちた汗が秋葉の肌を濡らす。
もっと深く、繋がりたい。
もっと、奥まで。
梶原はその衝動に身を任せ、秋葉の両脚を抱え、その痩身へと押し付けた。
「や…っ…ぁぁ、深、い……っ…」
抉る様に自身を秋葉の中に擦り付け、身を捩る秋葉の動きを封じていく。
辛うじて2人の身体の間に左手を忍び込ませ、秋葉は無意識に蜜を零す自身に指先を絡めた。
高みまで一気に昇りつめ、このまま梶原に意識を奪われてしまいたい。
その願いだけで、秋葉は腰を揺らめかせる。
梶原は、快感に顔を歪ませた。
倒れ込む様に秋葉の首筋に軽く歯を立ててその身体を折れる程に抱き締め、一層深い場所へと己を突き立てる。
短く上がる、秋葉の切迫した喘ぎと、梶原の息遣いが絡まった。
やがて秋葉の身体が硬直し、生ぬるい液体が梶原の腹を濡らした。
「……っ」
梶原は呼吸を止める。
ゆっくりと秋葉の中から自身を抜き、秋葉の身体を解放した。
ぱたり、とシーツの投げ出される秋葉の四肢。
絡んでぐしゃぐしゃになった浴衣から覗く白い肌は、まだほんのりと上気していた。

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