職員通用口

□指きり
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指の隙間から零れた月光


沈んでいくのは月の船


溺れるふたり


あなたとそっと、指きりしよう


愛しているのはあなただけ




梶原の胸に置いた指先が震える。
秋葉は虚ろに目を開いた。
カーテンの隙間から、人工的な淡い光が入ってくる。
月など見えない。
不安定に揺れる視界は、涙のせいだろうと思う。
秋葉はそれを零さないために、再び目を閉じた。
ただ、梶原からもたらされる波に身を委ねる。
委ねながら、心は梶原を探して深くさ迷う。
身体を繋いでも、心を結んでも。
きっと手に入らないものがあるのだと、頭の片隅でそんな事を思いながら。


ぱたり、と梶原の胸の上に、冷たい雫が落ちてきた。
閉じていた目を開け、梶原は秋葉を見上げる。
先程までは閉じられていた秋葉の双眸も、いつの間にか切なく開かれていて。
「………っ」
そこからあふれ出した涙が白い頬を伝い、梶原の肌へと落ちた。
ゆらゆらと淫らに腰を揺らしながら、声を出さないように唇を噛み。
秋葉は透明な眼差しで梶原を見つめている。
まるでそこに命が宿らない硝子玉のように綺麗だと、梶原は目を細める。
頼りなく梶原の身体の上に置いた手のひらは、何かを探している。
いつも、そうだ。
梶原は秋葉の腕に手を伸ばした。
いつも秋葉は、見失った何かを探している。
確かな熱で繋がっていても、必死で梶原を探そうとする。
虚ろな目から、瞬きの度に水滴が落ちてくる。
「秋葉さん……」
「………ぅ……っ」
ひくり、と梶原を咥え込んだ場所が蠢いた。
両膝を軸に、秋葉の身体は波打つ。
「ここだよ?ここに、いるから……」
掴んだ腕を撫で下ろし、触れた指先を捕らえながら梶原は囁いた。
初めから、しっかりと秋葉の身体を抱いていればよかった。
そう思いながらも、梶原は下から秋葉を緩く突き上げる。
「あ……ぁ…っ」
喉を反らせ、秋葉はとうとう甘く声を上げた。



力を失う秋葉の身体を受け止めながら、梶原は幾度も汗に濡れたその黒髪を梳く。
まだ冷めない快感が、血管の中を巡る血液と共に身体を満たしている。
気だるげにシーツの上に手を突いて身体を僅かに起こすと、赤い唇を開いて秋葉は梶原の唇にそれを重ねた。
艶かしく動く舌を絡め取り、梶原は秋葉の頬を撫でる。
口付けが解けた瞬間、その濡れた唇をなぞった梶原の指を、秋葉は軽く噛んだ。
されるがまま、梶原は秋葉から与えられる微かな痛みを味わう。
右手の小指の第二関節。
秋葉は犬歯でそこを噛んだ。
痛みはそれまでとは違う鋭いものではあったが、梶原は笑みを浮かべる。
情事の後、忘我の状態だった秋葉の瞳が現実に引き戻されてくる。
そっと梶原の指を解放すると、秋葉は梶原の小指にくっきりとついた自分の歯型を見つめた。
そうした後で、愛しくてたまらないという表情を浮かべて右手で梶原の手を取り、開かせた手のひらに頬を寄せる。
ひやりと冷えた耳を指先で弾いてやりながら、梶原は秋葉の左手を取った。
ゆっくりとその小指を、自分の口に含む。
彼がしたように、梶原は関節の骨に歯を当て、その場所を強く噛んだ。
「指きり…しようか…」
梶原の言葉に、秋葉はあどけなく微笑んで目を閉じる。
心の澱を洗い流すような涙が、再び秋葉の頬を伝った。
互いの指に、浅く残る噛み跡。
やがては消えていくけれど。
確かに命を預けあう、証。
「でも…嘘を吐いたら……」
梶原はもう一度、秋葉と唇を重ねる為にその身体を引き寄せた。
「その時、は……?」
秋葉が掠れた声で問うた一瞬、視線が交差する。
梶原は問いに答える事なく、秋葉の唇を奪った。

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