わんこ&にゃんこ

□柴犬と黒猫
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四角いお外を眺めていると、塀の上から声がした。
この声は…梶原のぴんと尖った耳は、少し、垂れた。
「よう、梶原」
声のした方へと、梶原が振り向くと、塀の上に綺麗な黄色の首輪を着けた黒猫がこちらを向いて座っている。
「…こんにちは、影平さん」
耳は、怖がって垂れ気味だったが、それでも梶原―茶色い毛並みの柴犬は、礼儀正しく挨拶を返した。
秋葉に、世話になってる猫(ひと)だと、念を押されていたからだ。
「相変わらず、鎖に繋がれてんな、お前。…つまんなくねえ?それ」
「別に、お散歩にもちゃんと連れて行ってもらってますし。それに、朝晩は、近所の子供達が遊んでくれます」
黒猫―影平は、子供、という言葉に、心底嫌そうな顔をした。
「うわ、それ、最悪。あいつら、凶暴だし」
猫さんなら、確かにそう思うかも。
影平の言葉に梶原は思った。
梶原の暮らす家の前の道で交通事故にあい、梶原の飼い主に病院へ連れて行かれた秋葉が、退院し、家に連れて来られるや否や、和香奈や秀昭達に抱き締められ、構われし、悲鳴をあげていたのを覚えていたからだ。
結局、それが嫌で、秋葉は野良に戻ってしまった。
「お〜い、か〜じ〜わ〜ら〜」
「は、はい!」
「ボケてんな、お前。どうせ秋葉のことでも考えてたんだろ?」
間近に聞こえた声に、慌てて返事をすると、いつの間にやら黒猫は、梶原の目の前に場所を移していた。
彼の長い尻尾がぱたりぱたりと揺れている。
猫は、構われたい時に無視されるのを酷く嫌う。
「ご、ごめんなさい、影平さん」
咄嗟に謝ると、黒猫の機嫌はころりと治った。
「ま、いいけど。…秋葉、最近どうよ?」
「え…会って、ないから、わからない、です」
猫さんは、気分のうつり変わりが早くて、おいつけない。
また機嫌が変わったら、どうしようかと、内心怯えながら梶原は答えた。
「え?マジ?ここのコース、アイツ、よく通ってるけど?」
「え…?全然、会っていない、です、けど…?」
秋葉さんに、さけられてるのかな…。
顔と、茶色いふさふさとした尻尾が同時に下がる。
…こいつって分かり易〜。
あまりに悄然とした様に、にやにやと笑みを浮かべ、黒猫は暫し梶原を観察した。
「影平さんは、秋葉さんにあってるんですよね?」
ようやく面を上げた柴犬は、黒猫に尋ねた。
「なに?来て欲しいって、伝言でもしとくか?」
梶原は、からかい混じりの影平の言葉に首を横にふる。
「秋葉さん、元気ですか?…元気だったら、それで、いいんです」
秋葉さんが元気でいるなら、それだけで、いいんだ。
梶原の、思わぬ真摯な声音に、影平は穏やかな笑みを浮かべた。
「元気だよ、あいつなりにな。ま、あいつも気が向いたら来るさ」
だって、気ままな猫だからな。
そう付け加えながら、影平は次に秋葉に会ったら、梶原に会いに行く様に伝えようと、思った。
「さて、見回りの途中だったんだ。また、な」
言うなり、助走なしでふわりと塀の上に黒猫は飛び移る。
「…ばいばい、影平さん」
足取り軽い後ろ姿に、梶原は別れの挨拶を送る。
黒猫を見送った梶原は、一つ大きく伸びをした。
くあ、と欠伸が漏れる。
温かな春の日差しが気持ちいい。
少し、ねむたい。
こんな気持ちのいい天気の下で、お昼寝したら、そうしたら。
秋葉さんのゆめが、見れるかな?
前足に頭をのせ、茶色の柴犬は、そっと目を閉じた。

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