わんこ&にゃんこ

□にゃんこの日
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陽だまりは

ぬくぬく
ほこほこ

もうすぐ春



2月の終わり。
今日は22日。
語呂合わせが好きな人間が、猫に了解も取らずに今日を『猫の日』などと勝手に決めた。
無論、そんな人間の都合は猫には関係ないわけであって。
今日も、暖かい日差しの中、黒キジのアキバと、柴わんこのカジワラは寄り添って昼寝をしている。
カジワラのクリーム色のお腹に少しだけ頭を預け、アキバがまどろんでいると。
どこからか、アキバを呼ぶ声がする。
それは猫にしか分からない合図。
いくらカジワラが猫と仲良しだろうと。
それだけは、意味のある言葉には聞こえない。
「あ……今日、15時から集会だった……」
数日前に、近所の白猫、モモから回覧板が回ってきていた。
一通り目を通した後は、十字路の向こうにある神社の飼い猫、ヤクに回すのが順番だと言われた。
アキバはこの街ではまだ新参者だが。
猫社会にはあまりそんな事は関係ないのだ。
アキバはぽつりと呟き。
起き上がってアキバはカジワラを覗き込む。
すやすやとカジワラは眠っていた。
最近。
あまりにも脱走の回数が多いので、カジワラのリードは鎖に替えられた。
もう簡単にアキバと出かける事も出来ない。
僅かに申し訳なく思いながら、アキバはカジワラを残して集会に出掛ける事にした。
集会をすっぽかすと、後々面倒な事になる事が分かっていたので。





「はーい、定例集会始めまーす。出欠とりまーす!!」
小さな神社の境内で。
一匹の黒い雄猫がひらりと尻尾を振った。
集まった猫は司会進行の黒猫、カゲヒラを含めて合計8匹。
仲良しの猫、普段は会えば喧嘩をする猫も、月に一度回ってくる回覧板に逆らう事は出来ない。
この日ばかりは飼い猫も野良も関係ない。
カゲヒラに名前を呼ばれ、名前がない猫は色を言われ。
「はーい。ここら近辺の猫さんは全員出席ですね」
「はーい」
「んじゃ、今月のお知らせ報告です」
最近、夕刻に毒餌を撒くふとどき者が出没している事。
角の駄菓子屋で、性格の悪いパグが飼われ始めた事。
黄砂と花粉が飛び始めた事。
乾燥注意報が出ているので、静電気には気をつけろという事。
猫長老選挙が再来月に迫っている事。
人間社会では内閣支持率が急落している事。
人間どもの景気が悪いと、猫社会にも意外と影響があるのだ。
その他、もろもろ。
マジメに報告に耳を傾けている猫たちの中で、ひとり。
アキバが大きな欠伸をした。
「こらあっ!!そこの黒キジ!!」
「………すみません」
見咎めたカゲヒラに怒鳴られ、アキバは肩をすくめる。
「駄目よ。退屈でも、一応神妙な顔をしておくの」
隣にいた綺麗な白い猫がこっそり囁いた。
滅多に会う事がないのだが、彼女がモモだ。
アキバは頷いたものの、すぐに面倒くさくなり、足元の石ころを前足でちょいちょいと転がしてみる。
「こらあっ!!!石ころ転がすなっ!!」
「……う、ざ、い…」
赤い舌を出し。
アキバは溜息をついた。
いくら猫の習慣とはいえ。
こんな集会は好きではないのだ。
「貴様あ!!アキバとか言ったな。小生意気な!!猫規則の第5条を言ってみろ!!」
「……………渡れそう、今なら行けそう、あら危険…?」
「ちっがーう!!それは交通安全規則の第8条だ!!」
「………」
カゲヒラの熱弁に。
アキバは再び欠伸を……今度は噛み殺した。
「やっぱり、あなたは独りが好きなのね?」
「………」
優しい笑みを湛えたまあるい瞳で、モモはアキバを見る。
(ああ、そうだ)
アキバはようやく思い出した。
(モモちゃんは、カジワラの知り合いなんだったっけ)
迷子の自分を拾って家族にしてくれた、カジワラ。
あの柴わんこの知り合いに、悪い猫はいない。
恐らく悪い犬もいないだろうが、犬とはあまりお近づきになりたくない。
(ああ、もう帰りたい……)
アキバは何処となく疎外感を感じながら、カジワラの事を考えていた。
カジワラが眠りから覚める前に、帰りたい。
あの犬くさい柴わんこの側が、仲間と居るよりも落ち着くなんて。
どうかしてる。
そんな心ここに在らずなアキバを横目で見て。
くすり、とモモが笑った。
まるで心の中を読まれたようで。
アキバは急に気恥ずかしくなる。
「いいの。あなたに安心できる場所ができたなら、私も嬉しい」
「…………」
モモはアキバの沈黙をよそに、穏やかに笑った。
「ハイ、それでは猫集会終了!!」
猫集会は、素早く迅速に。
それがモットーだ。
カゲヒラの声を合図に、再び気ままな猫たちは散っていく。
アキバは独りで帰路につこうとして、モモを振り返った。
「私の事は気にしてくれなくていいの、少し遠回りをするから。あなたは急いでお帰り」
尻尾をぱたりと一度振ってみせるモモに。
アキバもぎこちない笑みを返した。



陽が傾きかけた夕刻。
少し空気が冷たくなった。
アキバはカジワラが待つ家に向かって走る。
その途中で散歩中の駄菓子屋のパグに遭遇し、平手で一撃をお見舞いした他は。
まっすぐに家に帰る事だけを思っていた。
とはいえ。
急いで、走って帰ってきたと思われるのも少し悔しくて。
アキバは家の手前で足を止める。
深呼吸を繰り返し、呼吸を整えて。
足音を忍ばせて、庭へ入った。
アキバは植木鉢の影に隠れてそっと様子を窺う。
カジワラは目を覚ましていた。
少し寂しげな顔をして、空を見上げている。
目を覚ましたらアキバがいなくなっていたので、心配しているのかもしれない。
そんな事を思っていると、カジワラが、ひくりと鼻を動かした。
そして、間違える事なく、まっすぐにアキバがいる場所を見る。
「お帰りなさい」
本当に、嬉しそうに。
カジワラは立ち上がると尻尾を振った。
アキバも、本当は嬉しかったのだけれど。
やっぱりそれを顔に出すのは恥ずかしくて。
わざとゆっくりカジワラの方へ歩いて行った。
幾つか並んでいるパンジーのにおいを嗅ぐ振りをしてみたり、風に揺れる南天の枝に飛びついてみたりしながら。
早くこっちへ来て、というように声を上げるカジワラに、ゆっくりと近付いていく。
「ただいま……」
ようやく手の届く距離まで来たアキバの小さな頭に、鼻先を付けてくるカジワラを見上
げ。
アキバはまだ慣れていない家族専用の言葉を口にする。
「お帰り……柊ちゃん」
「………」
その名前は。
カジワラだけが呼べる名前。
「ただいま………」
アキバは後ろ足で立ち上がり、カジワラの頭に抱きついた。
かぷりと茶色の耳を噛んだのは、やはり照れ隠しではあったのだが。

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