わんこ&にゃんこ

□喧嘩するほど?
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季節はもう秋だ。
数ヶ月前にこの家にやってきて、ちゃっかり居ついた黒は、今日も相変わらずカジワラを独り占めだ。
それだけではない。
おかあさんが大切に育てている花の鉢植えを掘り返してひっくり返す。
やりたい放題だ。
「………」
アキバはそれを眺め、溜息をつく。
ひとこと人間の言葉が喋れるものならば、おとうさんとおかあさんに言いたい。
「………」
でも、何て言えばいいんだろう。
先にこの家に来たとはいえ、自分だってカジワラに拾われた猫だ。
黒の文句よりも、育ててくれてありがとうと言うべきだろうか。
すっかり花を落として葉っぱだけになった萩の木の下。
アキバはぽつんと座っている。
黒はカジワラにくっついてお昼寝中だ。
もしかして、黒も小さい頃から一人ぼっちで寂しいのかも知れない。
そんな事を思っていると、さく、と土を踏む音がした。
「………?」
やんわりと呼ばれる。
言葉は分からないけれど、名前を呼ばれているのだという事は分かった。
アキバは首を傾げ、枝の影から顔を覗かせる。
(おかあさん……)
あったかい手で喉を撫でられる。
まだその感触には慣れないけれど、アキバは嬉しくて目を細めた。
視界を塞がないように頬を両手で包まれ、耳を摘まれるとくすぐったい。
以前は、人に撫でられるのが苦手だった。
手を伸ばされるといつもアキバは後ずさっていた。
でも、おとうさんとおかあさんは、いつも優しくしてくれる。
アキバが、くるるっと喉を鳴らすと、おかあさんは嬉しそうな顔をした。
「あ〜っ!!!ずるいっ!!」
黒の声が聞こえたのはその時だ。
たったかたったかと走ってきて、おかあさんの足元にじゃれつく。
おかあさんは平等だから、黒にも手を伸ばすのだ。
居場所を取られてしまったアキバは、黒と一緒に目を覚ましたカジワラの側へ行く。
「ねえ……」
ちょいちょい、と前脚でカジワラの脚をつつく。
カジワラは優しい目をしている。
アキバはその目を見るのがとても好きなのだ。
話したい事はたくさんある。
神社の境内にある大きなクスノキに住んでいる、ふくろうさんとトモダチになった事とか…。
昨夜の猫集会の事、とか。
アキバが口を開こうとした瞬間。
おかあさんの膝から飛び降りた黒がやってきた。
アキバはちらりと黒を一瞥し、ぱたんぱたんと尻尾を振る。
まるで生き物の様に地面の上を動く尻尾の先。
「………にゃっ!!」
思惑通り黒が釣れた。
アキバの尻尾を目がけて飛んだ黒だったが、アキバは黒が飛んだ方向とは反対に尻尾を翻す。
「待てにゃっ!!」
黒がはしゃいだ声を上げた。
普段はあまり口をきかないアキバが、黒を相手に遊んでいる。
それを見て、カジワラは嬉しそうに笑った。
「………みぎゃーっ!!!」
とうとうアキバの尻尾を捕まえられず、今度は癇癪を起こす。
喜怒哀楽がはっきりしている猫だ。
「……っ!!」
ぽんと飛び上がると、黒はアキバの首に噛み付いた。
アキバと違い、黒は手加減を知らない。
あまりの痛みに、アキバは黒を振り落とした。
転がった黒の顔を、振り上げた前脚で叩く。
だが決して爪は出さない。
それが同じ家に住まわせてもらっている猫同士のルールだとアキバは思っている。
最初はじゃれているつもりだった2匹は、いつの間にかエキサイトしてしまい。
カジワラの目の前で取っ組み合いの喧嘩が始まった。
無理も無い。
ここ数ヶ月、アキバはずっと我慢に我慢を重ねてきたのだ。
猫パンチに猫キック。
さすがにカジワラも2匹を止めなければと立ち上がる。
「やめなさいっ!!……あいたたたたたっ!!」
割って入った所を、鼻にぱしーんと黒のパンチをまともに食らい、カジワラは前脚でその場所を押さえた。
カジワラの悲鳴で、アキバと黒はぴたりと動きを止める。
顔を見合わせ、しばし沈黙。
「ごめん、大丈夫……?」
アキバがまずカジワラを気遣った。
大丈夫大丈夫、とカジワラは苦笑して鼻を撫でる。
「黒、ごめんなさいは?」
アキバの言葉に、黒はふいっと顔を背けた。
「こら!悪いことしたらごめんなさい!!」
そうだ。
いつも黒は謝らない。
それが腹立たしくてたまらないのだ、アキバにとっては。
「みぎゃーっ!!!お前のせいだぎゃーっ!!!」
黒が再びアキバに噛み付いた。
アキバも容赦なく黒に猫パンチ……ただし爪は出さないが……をお見舞いした。
「こらーっ!!!やめなさいって、もう!!!」
カジワラが慌てて叫んだのだが。
2匹には聞こえていないようだった。
「やーめーなーさぁぁぁぁいっ!!!」
「うぎゅっ」
仕方なく、カジワラが2匹を上から身体で押さえ込む。
「重いっ!!重いようっ!!ちっそくするっ!!」
一番下になった黒が声を上げた。
「黒ちゃん!!どうしてしゅうちゃんと仲良くできないのっ!?」
カジワラが押さえつけた黒の顔を覗き込む。
「仲良くっ仲良くしたいけどっ!!どうしたらいいのかわかんないっ!!」
カジワラに叱られ、泣きながら黒が訴える。
カジワラはそっと身体を退かした。
そして今度はアキバと目を合わせる。
「……俺だって、わかんない……」
居心地が悪そうに、アキバは呟いた。
やれやれ、とカジワラは溜息を落とす。
喧嘩するほど仲がいい、などと迂闊に言ってしまったら、また激しい喧嘩になるに違いない。
まだまだ、多難な日々が続きそうだ。
そう思いながら、カジワラはコスモスの花を眺めた。

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