わんこ&にゃんこ

□優しい季節
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はふ〜。
ひなたぼっこにはいい季節になってきた。
また季節が一つ進んだようで。
そろそろキンモクセイの花が咲き始めるころ。
おだやかに、おだやかに今日も1日が過ぎてゆく…、はずだったのだが。
縁側でねむねむしていた目の前を黒い風がものすごい勢いでとおりすぎた。

思わず目がまんまるになった次の瞬間。

お気に入りの秋葉が生け垣の隙間から飛び込んできた。
威嚇にあげた喉声と胡乱な眼差しに、秋葉はギクッて聞こえそうなくらい急停止。

「こんにちは?」
「…こんにちは。おじゃましま、…してます…。」
半疑問な問い掛けに秋葉は恐縮しきりといった様子で語尾など消え入りそう。
無作法な振る舞いに怒っている風情をかもしだすが。
クスッ。
もう、許してやるか。
「どうしたの。ケンカでもした?」
よくよく見れば秋葉の顔には引っ掻き傷がみられる。
「…ケンカ…。したけど。」
それだけ言うと黙ってしまう。
決して喋りたくないって訳ではないらしいのでシッポをゆらゆらさせながらじっと待ってみる。
この子は胸を言いたい事でいっぱいにして、はち切れそうになるから黙り込んで思いを閉じ込めてしまうようなところがある。
近頃はポツポツとお喋り?に寄ってくれるようになったけれど。
前足でパタリと自分の隣に来るように促したら素直にやってきた。
「さっきの子が黒ちゃん?」
最近、秋葉は立ち寄る頻度が増えた。
喋ってくれる時もあるし、ただ近くでため息をつきながら何をするでもなく、ソコにいる事も多い。
少しだけど、喋ってくれたことから、最近同居人が増えた事、その子は『黒』と呼ばれている事、傍若無人な振る舞いに困惑している事がくみ取れた。
「黒ちゃんと、ケンカ、したんだ?」
そう、水を向けてみたが。
微妙に外れてるようだ。
なんて言えばいいか胸がモゴモゴしている様子。
眉間にシワがよってる。
「えっと。ケンカしたのは、昨日なの。…あっ、今日もした。っていうか。…ケンカなのかな…。」
それだけ、言うとうつむいてしまった。

うーん、よくわからん。

「今日のケンカの原因はなんだったの?また、カジワラくんを困らせてた?」
うつむいたままふるふると首をふり、否定。

うーん、らちがあかない。

その後、待つともなく待ち。
ポツポツと話す秋葉の話を総合すると。




朝起きてすぐ、秋葉はカジワラにおはようを言いに行った。
最近では黒がカジワラの小屋にもぐり込んでいることが度々あるので、できれば省略したいのだが、行かないとカジワラが心配するので仕方なく、行く。
「…おはよう。」
「おはよう!朝のアイサツは元気にね!」
カジワラは有り余るくらいの元気で、べろんべろんひとしきり顔、っていうか頭じゅうなめまわされる。

ふーん、今日はいないんだ、あいつ。

ほっとくと全身なめまわされて溶けて無くなりそうなのでカジワラの鼻面を前足で押し退けた。
「黒ちゃんね、お出かけみたい。昨夜は来なかったよ?」
表情を読まれたようでなんか悔しい。
「…、そんなこと、聞いてない。」
「そう?」
カジワラは秋葉を鼻で押して仰向けに転がし、なおもお腹やら、背中やらなめまわそうとする。
あ〜。
気持ちが良くないわけもなく、思わず喉がゴロゴロ鳴っちゃう。

と、ふと、思い出した。
フクロウさんと約束してたんだ。
朝の早い時間ならまだ起きてるから、狩りの話、聞きにおいで、って言ってくれたんだった。

ヤバい。フクロウさん、夜行性だからもう眠いだろうに、待たせちゃマズイ。

「約束があるから、ちょっと出かけてくる。」
カジワラの体の下から這い出す。
「そう。んでは、気をつけて行ってらっしゃい。」
行ってらっしゃい、のかわりにシッポをパタパタ。

いってきまーす。


あぁ。もう、お日様がずいぶん高く登ってしまった。
神社迄の道のりは結構ある。
途中に車がびゅんびゅん走ってる道路を通れば渡ればすぐだけど。
朝のこのくらいの時間はまだまだ車もそう、多くないはず。
…よし。行っちゃおう。
そう、心に決めて走り出した。
ちょっとした冒険心といっしょにカジワラの顔が浮かんできた。
『気をつけて』

うん。
気をつけるよ。


さあ、この先道路を渡って、道を一本奥へ進むと神社の森が広がってる。
どうにか、あまりフクロウさんを待たせずにすみそう。
車の途切れた瞬間を見計らって…。

よーい、どん!

おもいっきりの全速力で道を渡りきろうとしたそのとき。

目のはしに黒いものが見えた。
道路のはしっこに、人間が捨てたボロきれのようにも見えるそれ。

全身の毛が逆立った。
鼻には鉄の匂いが届く。

もう、動く事のないそれは。


黒い、子猫だった。





茫然として、気が付いたら家の前だった。

カジワラになんて言おう。

それより、なにより、この胸のイガイガ。
苦しいよ。
息を吸うのも上手くいかない気がする。

……カジワラ、どうしよう。


家の前で立ちすくんでいた秋葉が意を決して門扉をくぐると。
いつもの所にカジワラがいた。
その体に凭れて黒も、いた。


「おっはよ〜v」
超上機嫌!って感じの黒。
「早かったねぇ、しゅうちゃん?」
暢気なカジワラ。

なんかムカついてきたかも。

「オレ、カゲヒラに勝った!」
得意満面の黒。
っていうか、オレ?ですと?
「違うでしょ、シッポに噛みつく事ができただけだし。」
カジワラは苦笑しながらも優しい目で見ているし。

なんか、もう、ムカついて。
なんか、もう、悔しくて。

喉の奥になんか熱いカタマリが上がってくる。
ぐぅっと呑み込んだら変な声が出た。

「オレ、スゴい?v」
「しゅうちゃん?」

あんなにびっくりして、動揺して。
そんな自分にも腹が立つ。

様子のおかしい秋葉に気付いたカジワラが、お腹に寄りかかった黒をコロンと転がして立ち上がりコッチに来ようとするので、カジワラを睨み付け牽制しつつ後退る。

なんか、もう、一人になりたかった。
胸がザワザワするのも、もう疲れた。

ここに居たくない、今は。

「へへ〜んvヨワムシ。オレの方が強いって認める?v」
「黒ちゃん!」

キレた。
目の前が真っ赤になった気がした。
ひとっ飛びでカジワラの隣にいる黒の鼻先に降り立つと。
びっくり眼の黒。
すかさず背後をとって。

ガブっ。

おもいっきり、シッポに噛みついてやった。
「みギャッ!!」
「しゅうちゃん!!」


そこからは大乱闘。
手加減なし。
カジワラが必死に止めようとするけど。

無視。

黒もマジで応戦するけど本気の秋葉の方が優勢。
堪らず、黒は逃げに入った。

「しゅうちゃんっっ!!」
悲鳴の様なカジワラの声。
リードに邪魔されて近づくことができない。
それを見る事もせず、黒を追った。





「それで?」
ほんとに、もう。
お馬鹿さんたち。
かわいい、お馬鹿さん。

「…それで、って…。」
怒り、というか、勢いを削がれて、今はむしろ途方にくれている。
「どうしたい?あの家を出る?」
それを聞いたとたん、秋葉の見開いた目からぼたぼたと涙が溢れた。
「…それが、答えよ。ね?」
まだ涙が止まらない秋葉にそっと寄り添った。
「お馬鹿さん。こんなに泣いて。」
まだぐすぐす泣いている秋葉はいつもより幼く見えて。
「カジワラくん心配してるわよ?家族なんだから。」

家族。

「…でも、カジワラはワンコだよ?」

やっぱり、お馬鹿さんなんだから。

「関係あるかしら?家族はお互いを思い合ってるわ。それなら、お互いを思いやってるのは家族なんじゃないかしら。」
「じゃ、黒も?」

答えはもう、わかってるはず。
だから、微笑むだけにしておいた。

「…でも、あいつ、ごはん遊び食べするし、すぐ爪だすし、ウッドデッキで爪研ぎしてるし、ワガママだし、カジワラのおやつ横取りするし………」

まだまだいいたりないのか、ぶつぶつ呟いている。

クスッ。
黒ちゃんが気になってしょうがない、って言ってるように聞こえるわよ?

「困った弟だこと。」

そう言ってやったら秋葉は絶句した。






はふ〜。

庭のキンモクセイも咲き始めた。
もうすぐ楓も色づくだろう。
傾き始めた日差しはまだぬくもりは十分。
一年で一番優しい季節。

秋葉はきっと心配してたカジワラに泣かれてまた、困っているに違いない。

黒ちゃんは少しおとなしくなるかしら。


一年で一番優しい季節だから、きっと大丈夫。

きっと、仲良しになれる。
きっと、優しくなれるよ。

ね?

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