わんこ&にゃんこ

□今日のにゃんことにゃんことわんこ
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日向は春の気配、風のない午後。
黒キジ猫のアキバは、暖かい日差しを浴びながら丁寧に毛繕いをしている。
柴犬のカジワラが褒めてくれる艶やかな毛並みは、密かに自慢なのだ。
対して、アキバの足元では、最近家族になった黒猫の黒がごろんごろんと埃っぽいコンクリートの上を転がりまわっている。
遊びたい放題な年頃なのだろう。
アキバは前脚で顔を拭いながらそれをちらりと見る。
「あ・そ・ぼ」
びし、と黒がアキバの脚を叩いた。
ぱたんぱたんと尻尾が動いている。
ご機嫌な証拠だ。
「い・や・だ」
同じ口調で答えてやり、アキバはふいと顔を背けた。
「ケチケチ!!」
黒は懲りずに、転がったままでアキバに猫キックをお見舞いしてくる。
カジワラとアキバで『てかげん』を教えるのに、随分苦労した甲斐があり、本気の攻撃ではない。
幼い黒は、ルールというものを学びつつある。
遊びたい時は、まずお伺いを立てること。
癇癪を起こさないこと。
本気の喧嘩以外は、絶対に相手に怪我をさせないこと、などなど。
「…………」
アキバは振り上げた前脚で、黒の顔をうにっと押さえた。
黒の毛は埃にまみれ、何だか黒ではなくて……灰というか、何と言うか。
「……ふふ」
アキバは楽しくなって笑った。
「笑うにゃ!!」
黒は跳ね起きると、アキバの背中に飛びかかる。
首筋にかぷりと噛み付かれ、アキバは身体をすくめた。
「黒。カジワラが起きちゃうよ」
カジワラはいつもの場所でお昼寝中だ。
だが、耳だけはしっかりとこちらを向いている。
「じゃ、あそぼ?」
「………」
黒の無垢でまん丸な目に見上げられると。
アキバは結局負けてしまうのだ。



「ああもう、こんなにドロドロになって……」
『おかあさん』が溜息をついたのは、それから1時間程が経ってから。
庭で転がりまわった2匹の猫は、泥と埃でゴワゴワになっていた。
それを厭う事もなく、おかあさんはアキバと黒を抱き上げる。
「今日はお天気もいいし、洗っちゃおうかしら」
「………うぎゅ」
微妙な声を上げたのは、アキバだった。
綺麗になるのはいいのだが、水で濡らされるのはかなり苦手だ。
黒はまだ遊び足りないのか、おかあさんの腕の中に抱かれても側にいるアキバに肉球パンチを浴びせてくる。
「よいしょと」
お風呂場に2匹を降ろし、おかあさんは服の袖を豪快に捲り上げた。
「ちょっと待っててね。ついでにあの子も洗っちゃおう」
ぱたん、と扉を閉じ、おかあさんは外へ出て行く。
しん、とした沈黙。
外と違ってタイルは冷たい。
アキバと黒は風呂場の中を見回した。
「………ここでなにして遊ぶの?」
「………」
無邪気な猫だ。
これから始まる恐ろしい儀式を何にも分かっていない。
アキバは小さく溜息をついた。
「どの子から洗おうかしらねえ」
おかあさんが帰って来た。
カジワラを連れて。
そういえば、冬の間はカジワラも風邪をひいてはいけないから、洗われていなかった。
随分犬くさい。
くん、とアキバは鼻を動かす。
おおきなたらいにお湯を張り、おかあさんは猫用と犬用のシャンプーを取り出した。
「まずは大物からいこうかな」
カジワラをたらいに入れ、わっしゃわっしゃと白い泡を立てながら茶色の毛を洗っていく。
おかあさんがそうするのを、黒は楽しげに見ていた。
時折たらいの中に手を突っ込んで、かき混ぜてみたりして。
これから自分の身に起こる事など、知る由もないのだろうな。
アキバは少々複雑で、少々愉快な気持ちになった。
カジワラは聞き分けも良いし、お風呂が好きなのでおとなしく目を細めている。
やがて綺麗に泡を流し落とされ、カジワラ用のタオルで軽く拭かれると、その場でぶるぶると水を散らす事もなく、マットの上へと運ばれる。
「ここで待っててね?」
「はぁい」
本当にお行儀の良い柴犬なのだ。
心配そうにこちらを見るカジワラと目が合い、アキバは困ったような顔をした。
「黒ちゃんが一番手がかかりそうねえ……」
おかあさんはそう呟き。
優しい両手をアキバに伸ばす。
黒は石鹸のケースをつついて遊んでいた。
「……………」
本当はアキバも暴れたいくらい、濡らされるのは嫌なのだ。
ただ、全身にお湯を掛けられてしまうと、何だか戦意がなくなってしまう。
大人しくしておいたほうが身のためだ、とも思う。
泡が目に入ったりしないように、おかあさんは細心の注意を払ってくれる。
おかあさんの手は、優しい。
「あははははは、びしょ濡れだ!!へんなの、ほそっこい!!」
おかあさんの手に持ち上げられたアキバを見て、黒は大笑いした。
笑っていられるのも今のうちだ。
と、思ったが、それは黙っておく事にした。
お日様のにおいがするタオルに包まれ、アキバもカジワラの隣に運ばれる。
ふるふると前脚を振ると、小さな水滴が飛んでいった。
カジワラがやんわりとした眼差しで見下ろしてくる。
この目も好きだ。
アキバとカジワラは大人しく寄り添って、おかあさんを待つ事にした。
そんな2匹の耳に、黒の悲鳴が聞こえてくる。
「みぎゃーっ!!!!何するにゃ、何するにゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「こらっ!!大人しくしなさい!!」
「やだやだっ!!ヘンタイっヘンタイっ!!!たすけてぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
おかあさんに無理矢理お湯に浸けられ、黒が暴れているのだ。
アキバとカジワラは顔を見合わせた。
「やっぱり…ぼく…黒ちゃんはお風呂苦手だろうなと思ってた……」
「うん………」
2匹は、ひそひそと囁いた。



ドライヤーの順番は黒からだった。
すっかり体力をなくしてしまった黒は、もはやおかあさんにされるがまま。
ぐたりと温風を受けている。
もう何か言う気力も無いらしい。
本来の綺麗な黒い毛並みが戻る頃には、おかあさんの手の中ですやすやと眠ってしまっていた。
おかあさんは指先で黒のピンク色の鼻をつつくと、優しく微笑む。
そして日当たりの良い場所に小さな毛布を敷いて、黒を寝かせた。
次はアキバだ。
アキバはこの温風も苦手なのだが。
ぐっと堪えて目を閉じる。
「いい子ねえ」
ふわふわに毛が乾くと、おかあさんが満足気にアキバをなでてくれる。
そのおかあさんの笑顔は好きだった。
最後にカジワラ。
カジワラは犬だし身体が大きいから、マットの上で乾かされた。
ワンともニャンとも言わない柴犬だ。
「もういいよ?おかあさん。ぼく、日向でしゅうちゃんと乾かすから」
やはり猫とは違い、乾かすのに時間がかかる。
カジワラはおかあさんにそう言った。
言葉が通じたのか、おかあさんは小首を傾げ、ドライヤーを止める。
玄関にお気に入りの毛布を敷いてもらうと、カジワラとアキバはやはり寄り添って座った。
ブラッシングはしてもらったが、最後の仕上げはやはり自分でやらなければ落ち着かない。
「しゅうちゃん」
アキバの耳の後ろの毛が、すこし逆立っている。
カジワラはそれをぺろりと舐めて直した。
ありがとう、と言う代わりに、アキバもカジワラの鼻先を小さな舌で舐めてやる。
2匹の側で、黒も眠っていた。
穏やかな時間だ。
お風呂上りは、眠たくなってしまう。
アキバとカジワラは同時に欠伸をした。
「よいしょ……」
カジワラが前脚で黒の毛布を自分達の方へ引き寄せる。
そして、3匹は身を寄せ合って眠るのだ。

暖かい午後。
春はすぐそこ。

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