わんこ&にゃんこ

□小さな嫉妬
1ページ/1ページ

はらりはらりと桜の花びらが散る。
近くの公園から風にのってやってきた、薄紅の花びら。
柴わんこのカジワラにくっついて昼寝をしていた黒猫の黒は、ふと目を覚ました。
耳をぴんと立て、くるんくるんと丸い目を輝かせる。
生まれて初めての春。
楽しい事がたくさんある。
すくっと立ち上がり、黒は飛んでいく桜の花びらを追いかけた。
黒キジ猫のアキバは留守だ。
多分独りで神社にでも行ったのだろう。
ちょんこちょんこと飛び跳ねる黒の、艶やかな毛が穏やかな日差しに輝く。
オカアサンが庭に植えた、スイセンの花が鼻先をくすぐった。
チューリップの蕾も、もうすぐ開くだろう。
花の名前は、カジワラとアキバが教えてくれた。
新しい事を覚えるたびに、黒は生き生きと世界を楽しむ術を覚える。
カジワラは、目を細めて黒が遊ぶ姿を見ていた。
大人しく小屋の前で座ってはいるが、実は久しぶりに輪抜けの術を使って自由の身なのである。
だがしかし、ここで率先してお外へ遊びに行ってしまうと、黒に示しがつかない。
そんな理由で、カジワラは庭に居るのだ。
「黒ちゃん、危ないからお外に行っちゃ駄目だよ」
夢中で花びらを追いかけている黒に、カジワラの声は届かない。
黒はまだまだ子猫だ。
道の渡り方も何かの拍子で忘れてしまう。
先日も大きな大きなトラックに跳ねられそうになったのを、ご近所猫のモモちゃんが助けてくれた。
その前は、高い高い木から下りられなくなったのを、アキバとカゲヒラが何とか助けたのだ。
だが、黒はなかなか懲りない。
学習能力はあるのだが、やはり楽しい事や興味のある事に気を取られがちなのだ。
「く〜ろ〜ちゃんっ!!!」
風に飛ばされていく花びらが、黒を誘う。
とうとう黒は、敷地の外へと出て行ってしまった。
カジワラは仕方なく、立ち上がる。
オカアサンに見つからないように、辺りを見回してから用心深く、しかし素早く黒の元へと走った。
「黒ちゃん!!遠くに行っちゃ、駄目」
かぷり。
四つ角の手前で黒を捕獲し、カジワラは黒の首筋を柔らかく噛んで持ち上げる。
「いやぁぁぁぁぁんっ!!あそびたいのに〜っ!!」
少し切なそうに黒が鳴いた。
カジワラは有無を言わせず、とっとこちゃっちゃかと家の方へと向かって歩く。
子猫の習性で黒はくるんと手足を縮め、ゆらゆらと揺られる。
すると、黒は楽しげに笑い始めた。
「ねえねえ、カジワラ?」
「もご?」
黒を咥えているために、カジワラはしっかりとした言葉では返事をする事ができない。
「春ってたのしいねえ!」
「もごもご」
そう。
春は楽しいのだ。
今年の春も、来年の春も。
自分達は後何回春という季節を感じる事が出来るだろう。
だからこそ、黒にはきちんと遊び方を覚えさせなければならない。
家へと着いたカジワラは、再び辺りを見回した。
どうやら輪抜けは見つからずに済みそうだ。
(どうせ後で見つかるんだけどね……)
そう思った瞬間。
何だか視線を感じてカジワラはふと振り返る。
黒は気付かなかったかも知れない。
道の向こうから、アキバが黙ってこちらを見ていた。



帰宅したすぐ後、カジワラはやはりオカアサンに叱られた。
オカアサンは、最初は怒っているけれど、最後は笑ってカジワラの頭を撫でてくれる。
カジワラはおやつにジャーキーをもらい、黒はミルクをもらった。
アキバは庭まで帰っていたけれど、スイセンとチューリップの間に座り、何やら考え事をしているようだ。
気になったのだが、おいしいものを食べた後は眠くなってしまう。
コンクリートの上にオカアサンが出してくれた毛布の上、黒が先に眠ってしまった。
カジワラもうとうととお日様に身体を温めてもらいながら眠る。
どれくらいの時間が経っただろう。
カジワラの鼻先に、ぺちりと小さな手が当てられた。
黒のものではないその感触に、カジワラは目を開ける。
寝ぼけていたのだが、鼻先をくっつけるように側にいたアキバのほっぺたをぺろりと舐めた。
(あれ……)
何だか塩辛い気がして。
カジワラは瞬きをする。
アキバは精一杯目を丸くして、カジワラを見ていた。
その目がうるうると潤んでいる。
「どうしたの、しゅうちゃん……」
心配になってカジワラが起き上がろうとすると、更に鼻先を柔らかい肉球で何度も叩かれる。
「黒の、ほうが………」
小さな小さな声。
途中で言葉が出なくなって、アキバはカジワラの頭を叩いた。
「しゅうちゃん」
アキバが言いたい事なら、大体分かる。
アキバが何にこんなに不安になってしまったのかも。
カジワラがアキバを捕まえようとすると、微妙に手の届かない距離にまで後ずさりしようとしてしまう。
「しゅうちゃん、おいで」
優しく名を呼べば、アキバの両目には、また涙が溜まっていった。
とうとう瞬きと共に、綺麗な水滴が落っこちる。
「俺……何言ってるんだろう……」
アキバは少し恥ずかしそうに呟くと、ようやくカジワラの側に寄ってきた。
いつもの定位置。
横たわったカジワラの、ふかふかのクリーム色のお腹。
そこにくっついて、アキバは空を見上げた。
空が青くて。
風に散った花びらが、何処か遠くへ旅に出て行くのが見えた。



黒のほうがかわいいんだ。
黒のほうがかわいいんだ。
黒のほうが………。


ぐるぐると頭の中を回っていたそんな思いは。
強い風に乗って、あの桜の花びらと一緒に何処かへ飛んで行った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ