捜査共助課2(短編小説)31〜60話

□啓示
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人は、平和を望む
その実現には正義が行われることが必要だと
誰もが知っている

だが
人はそれを本当に望んでいるのだろうか

正しい事を行うという事は
人の中にあるものを鏡に映したように露わにする

不義が暴かれる

人は、正しい言葉を聞きたくない

正義が行われないほうがよいと
耳と目を塞ぐ




テレビニュースは、遠い国の紛争の映像を流している。
俺はそれを見つめて、知らず唇に笑みを浮かべていた。
プラスドライバーを回し、小さなネジを止めていく。
指紋が残らないように、細心の注意を払いながら。
真夏の、うだるような夜。
額から汗が流れ落ちる。こんな夜は、クーラーなんてつけない。
夜に溶けて、この混沌とした世界と俺はひとつになる。


それは不意に降りてきた、神からの啓示。
お前の願いは何でも叶えてやると。


ならば。
愚鈍な者たちに、死を。







「あ゛づい゛ぃぃぃぃぃぃ」
およそ日本語の発音ではないような言葉を影平が口から押し出した。
しかし覆面車の車内温度設定は23度。
珍しく助手席に乗っている秋葉は、閉じていた送風口を運転席の影平のほうへ向け、フロントと顔に向けて冷風が出るようにエアコンを操作した。
「い゛やあああ、目が乾くぅぅぅぅ」
「…………」
軽く舌打ちして、秋葉はそれを無視した。
ジリジリとUVカットのガラス越しでさえ肌に刺さる太陽の光。
「あ゛ぁぁぁぁぁ」
「影平さん……。余計暑くなりますから、それ」
しつこく妙な濁点をつけてうなり続ける影平に、秋葉の我慢も長続きしない。
昨夜からひどい頭痛がしている。
窃盗の被害にあった店舗の事情聴取にでかけた帰り、いつもなら助手席専門の影平に運転を担当してもらっているのだが、早くも秋葉はそれを後悔していた。
別に影平の運転が下手だということではなく、助手席にいるよりも、運転席でステアリングを握って集中している方がまだ楽だったかもしれない。
拍動と共に痛み続けるこめかみに指先を当て、秋葉は肺の中に溜めていた空気を吐き出した。
痛み止めは優にもらって飲んだのだが、どうにも効きが悪い。
せめて、今日一日の勤務が何事もなく無事に終わってくれれば、と願いながら秋葉は後ろへと流れていく街の風景を見ていた。
いつもと何ら変わりない、日常だ。
「こんな日に限って嫌な事件が起きるんだよなあ……」
「……今日はそういう不吉なこと言わないでください」
「俺の勘は当たるんだよなあ」
何かの嫌がらせのように、影平は笑う。
だがそれは秋葉も感じている事だ。
最近あまり大きな事件が起きていない。
広く警視庁管内を見れば、強殺や通り魔。
他にもいろいろな事件が起きてはいるのだが、この管内ではいまの所、捜査本部が立ち上がるような事件がない。
そろそろ何かが起きるのでは、という漠然とした予感を少しだけ秋葉も感じている。
「そんなに世の中平和じゃねえよ」
一応、秩序と平和を維持する一端を担っている職業に就いている者の発言としてはどうかとは思うが、影平はそう呟いて黄色に変わった信号を見て車を減速させる。
「俺の予感では、あと3分以内に無線が鳴る」
「影平さん……」
いい加減にしてほしいという心情が込められた口調で、秋葉はその無線機を見つめた。
影平は衝撃の欠片さえ感じさせない丁寧なブレ−キングで覆面車を停止させる。
「お前、あんまり無理すんなよ…と、今のうちなら言える」
ホルダーに置いてあったペットボトルの蓋を開け、中身を一口飲んで影平は言った。
「大丈夫です。影平さんの勘が当たったら、そんな悠長なことは言ってられなくなりますし。それに、これ絶対影平さん疲れの頭痛ですから」
影平がそれに対して口を開こうとした瞬間。
高い電子音と共に、無線が流れ始めた。
「ほら、来た」
2人は顔を見合わせる。
秋葉が無線機に手を伸ばし、いつでも答えられる状態で流れてくる情報に耳を傾けた。
『110番入電中、JR駅構内のコインロッカーで小規模な爆発。怪我人は出ていない模様。詳細は確認中。付近のPCは至急……』
「おい。今何て言った?」
「駅のコインロッカーで爆発」
『繰り返す。JR駅構内のコインロッカーにて小規模な爆発』
「赤色灯」
影平が硬い口調でそう言った時には、秋葉は左手で車の屋根に赤色灯を上げていた。
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