捜査共助課2(短編小説)31〜60話

□大台
1ページ/1ページ

8月25日(月)


月曜の朝はいつも憂鬱だ。
別に土日が休みだと確定している生活でもないので、日曜夕方のアニメのエンディングを見て、『ああ、明日からまた仕事だ』と悲しくなるような神経は持ち合わせていないが。
しかしながら、何故月曜日というのはこう…常に人を憂鬱な気分にさせるのだろう。
社会人でも、学生でも。
月曜日が好きだという人間に出会ったことがない気がする。


崎田は出勤するために身支度を整え、鞄を手に取ろうとして、机の上に置いた携帯のLEDが点滅している事に気付いた。
画面を開き、メールの受信ボックスを確かめる。
その短い内容を見てすっかり忘れていた今日という日を思い出す。
「……」
8月25日は自分の誕生日だった。
とうとう大台に乗ってしまったのかと思うと少々げんなりする。
『30代突入、おめでとう』
最近になってようやくメールアドレスを交換した腐れ縁の同級生からのメールには、そう書かれてあった。
「この年になると、別にめでたくないよ」
右手の指先でポチポチと文字を打ち、返信する。
メールに慣れていない彼はそこからかかる時間が異様に長いので、とりあえず靴を履き玄関のドアに鍵をかけて駅へと向かう。
駅まで徒歩15分。
改札を抜けてからもう一度携帯を取り出してみる。
2分前の着信。
『そうか』
その一言を打ち込むのに、どれだけ時間がかかっているのかと、崎田は思わず笑ってしまう。
何事も器用にこなす彼が、この携帯メールだけは苦手らしい。
「実はうらやましいんだろ、30歳」
彼の誕生日は12月25日なので、少しだけ自分が早く年を取る。
確か10年前にも同じような会話を交わしたと思い出し、崎田はそう打ち返した。
そして電車に揺られること約30分。
職場の最寄りの駅に降り立ち、崎田は再度携帯を見る。
さすがにこれは20分程前の着信だった。
『別に。29歳から30歳は全然うらやましくない』
(あいつ、夜勤明けかな…)
珍しくメールでの会話が続く。
恐らく昨日からの勤務が終わったのだろう。
(30歳、か…)
ふと駅の構内を出たところで立ち止まる。
20歳になった時は自分が大人になったような気がしていたが、30歳という年齢がどういうものなのか想像もしていなかった。
想像していた30歳と、今の自分とでは開きがありすぎる。
もっと、大人で、仕事が出来てという30歳を想像していたのだが。
「こんな30歳でいいのかねえ?」
彼にふと問いかけてみる。
それを受け取った彼は、きっと笑っているだろう。
徒歩5分。
オフィスに着いたところで最後に携帯を見た。
『いいんじゃないの』
(そっけないねえ)
崎田は苦笑し、携帯を閉じようとしたが、そのまま画面をスクロールさせてみる。
『お前のこれからの1年と、これからの10年が得るものの多い日々になるといいな』
彼にしては短時間で長い文章を打ってきたものだと、崎田は目を丸くした。
『そうそう、今度飲みに行きましょう……と立花が言ってた』
最後は何かのついでのように打ち込まれた文字。
「了解」
と一言返信し、崎田は携帯を閉じる。



昨日までの自分と、今日からの自分。
ひとつ年を取ったからといって、別に何が変わったという訳でもないのだが。
「さて。今日も働きますか」
自ら望み選んだ仕事で、少しでも理想に近づくために。
そんなスタートのきっかけになるのなら。
誕生日を迎えるのも悪く無い。


080825

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ