捜査共助課2(短編小説)31〜60話

□closet
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時に人は

残酷に

奪う

自分以外の者の命を

まるで自分の所有物のように




「お前、疲れてんなあ……?」
助手席に座る影平が意味もなくダッシュボードを開け、車検証を見ながら呟く。
「………疲れてます」
ステアリングを握る秋葉は、無愛想に一言そう答えた。
ここのところ、大きな事件は無いが細々とした事件の処理に追われて無茶な勤務が続いている。
「お前がかつて疲れていない時があっただろうか?……否、ない」
訳の分からない事を言いながら影平は、ぱたん、とダッシュボードを閉じた。
「影平さんが黙っててくれたら、少しは疲れなくて済みますが…?」
秋葉はカーナビを一度見て、ウインカーを右に挙げる。
只でさえ疲れていると言っているのだ、少しは黙っていて欲しい。
この扱いにくい相方には。
そこまで思ったところで、影平にとっての自分もさぞかし扱いにくいパートナーに違いない、と思い、秋葉はひとつ溜息をつく。
「行きたくねえなあ、今日の現場……」
気が重すぎる、と影平は呟いた。
「じゃあ、ここで降りますか?」
「それも出来ねえなあ…」
前方の信号は黄色から赤に変わる所だったが、緊急走行中なので減速しながら交差点に進入しなければならない。
通行中の車両に注意を促すのは助手席の影平がやるべき仕事なのだが。
一向に無線機に手を伸ばさない彼を待っていても仕方がないので、秋葉は左手をそれに伸ばした。
外部スピーカーに接続を切り替え、緊急車両が交差点に進入する事を周囲に告げる。
「……影平さん…仕事、してください」
いつもなら、影平はどちらかといえば現場で本領を発揮する男なのに、今日は両腕を組んだままじっと前を見据えているだけだ。
「………こういう事件が、一番嫌なんだよな…」
「俺だってそうです」
前方に、いくつもの赤色灯が見え始める。
9階建てのマンションが、今日の事件現場だった。
「気合が入らないなら……一発殴りましょうか?」
先着していた覆面車の後ろに、一般車両の邪魔にならないように道幅を充分にとって車を停車させ、秋葉は言う。
「あ…白手袋忘れた…」
「………影平さん…」
思わず左手を握り締めたが、秋葉は寸での所で影平に一撃を食らわせることを思いとどまった。
「トランクに入ってますから、予備の手袋」
押し殺した声でそれだけ言い置いて、秋葉はドアを開けて外に出る。
影平の気持ちは、理解できる。
今から踏み入れる、このマンションの一室で自分たちを待ち受けているであろう惨状。
何度経験しても慣れることの無い、空気。
いくら心に痛みを感じないようにと自分自身に言い聞かせようと、何かしらの残留思念を感じ取ってしまうのか、いつも状況を想像するだけでひどい苦痛を感じる。
それを秋葉は『疲れ』と表現し、影平は『現場に行きたくない』とストレートに表しているのだ。
警視庁から署に入った第一報は。
30代の夫婦が自宅マンションの一室で血塗れで絶命している、という通報だった。
そして3歳の娘の姿が見当たらず、行方不明だという。
子供が絡む事件は、気が重いのだ。
特に子を持つ刑事にとっては、秋葉には理解し難い類の思いが生まれるのだろう。
「影平さん!!」
のろのろとトランクを開けて手袋を取る影平を、秋葉は叱咤する。
「……うい」
影平の目が、刑事のそれに変わる。
それを見届けて、秋葉はマンションへと足を踏み入れた。
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