公安第一課2(裏)

□砂時計
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さらさらと


砂が全て落ちるまで


あなたに


口付けをしよう


そして一秒ずつ


寿命を縮めてあげる





ベッドに寝転がった秋葉が、手の中で逆さにした砂時計が時を刻み始める。
それに耳を押し当てれば、細かい砂が落ちていく音が微かに聞こえる。
梶原がベッドに上がって側に寄ると秋葉は微笑み、梶原にその音を聞かせた。
「何だろう、ラジオのチューニングが合ってない時の音とか…テレビの放送が終わったときの砂嵐の音みたい……?」
そう呟く梶原を黙って引き寄せ、秋葉はその身体の重みを受け止める。
そしてまた、砂時計を自分の耳に押し当てた。
今日の秋葉は、いつもより少し心の調子が悪いのだ。
梶原はそう感じていた。
こんな日は決まって秋葉は砂時計の音を聞いている。
それで落ち着くのなら、いい。
梶原は秋葉が、砂が落ちきる前に砂時計をまた逆さにしてしまうのを見ていた。
「秋葉さんには…何の音に聞こえるの?」
ふと思いついて、梶原は問う。
秋葉は思案するように視線を泳がせた後、自分の胸に梶原の頭を抱き寄せた。
右耳を秋葉の胸に押し当てる格好になり、自然、秋葉の鼓動を聞く形になる。
「血が流れる音…。血管の中を、血が流れる音ってこんな感じ」
「……ええ?そんなの聞いたことない!!」
秋葉の身体の両脇に手をついて起き上がり、梶原は笑う。
それを見上げて秋葉は砂時計を枕元に置き、両手を梶原の方へ伸ばした。
すっと両方の耳を強く塞がれ、梶原は自分が繰り返す呼吸の音しか聞こえない世界へ追いやられる。
「離してよ、秋葉さん」
その声も体内で響く。
秋葉は笑いながら、何事かを梶原に向かって言った。
それは梶原の耳には届かない。
「何?」
自分の耳を塞ぐ秋葉の両手を外そうと、梶原はその手首を掴む。
秋葉は首を横に振った。
「もう、何……?恐い、何も聞こえなくて」
再び秋葉が唇を動かした。
梶原は口にしかけた言葉を飲み込み、目を閉じる。
「…………あ、分かった……」
鼓動の影で、心臓から送り出されて体内を流れていく血液の音が聞こえた。
ようやく秋葉は梶原の耳から手を離し、そしてまた砂時計を逆さにする。
「どうして、砂が落ちる前にひっくり返しちゃうの?」
秋葉の頬に手を触れさせ、額にかかる前髪をかき上げながら梶原は問いかけた。
3分間の砂時計。
手のひらに収まるように少し丸みを帯びて削られた木の中をくりぬいて、ガラスが埋め込まれている。
「砂が全部落ちたら…消えそうだから。命が」
その流れが止まる。
その瞬間が恐い。
秋葉はそう呟いて笑う。
「そこは、笑う所じゃないよ、秋葉さん」
梶原はそうして少しずつ狂っていく秋葉の軌道を修正していく。
「目、閉じて」
「………嫌」
くすくすと笑う秋葉の唇を、先刻のお返しに梶原は甘く塞ぐ。
「俺に、嘘がばれてもいいの?」
その黒い瞳を覗き込もうとすれば。
「………嫌」
そっと呟いて、秋葉は目を閉じた。
梶原は秋葉の左手をシーツの上に押さえつけ、砂時計を持った右手をその耳元から離していく。
深く深く、呼吸を奪う程の口付けを交わしている途中。
コトリ、と音を立てて、秋葉の手から砂時計が床へ落ちていった。

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