公安第一課2(裏)

□確信犯?
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愛するという感情に

鈍感なあなたと

敏感な俺

試されているのは

どっち?



「ただいま……」
ずるずると、その場で崩れ落ちそうな程疲れ果てた秋葉が、仕事を終えて帰宅した。
午後10時過ぎ。
梶原は今日明日が連休だったのだが、秋葉は突発的なシフト変更で日勤だった。
日勤プラス残業だとメールが入ったのが夕刻。
帰りが何時になるか分からないという秋葉に、ここ1週間近くこの部屋を訪れていない梶原は、合鍵で勝手に上がっていてもいいという許可をもらった。
「お帰りなさい」
「も、疲れました……意識がなくなる前にシャワー浴びてくる……」
廊下に顔を覗かせた梶原にそう言い置いて、秋葉はそのままスーツの上着と鞄を放り投げて風呂場へ消えた。
その無造作に脱ぎ捨てられた服と鞄を拾い上げ、梶原はふとそこに紙袋が一緒に置かれている事に気付く。
「あれー……」
中を見るまでもなく、それはワインのボトルだった。
「どうしたのかな?」
普段秋葉はあまりアルコールを口にしない。
時々行く馴染みの店で、ウイスキーの水割りを少し飲むくらいで。
職場の飲み会でビールを飲んでいる所を見たことはあるが。
とりあえず詮索はやめて、拾い上げたものをあるべき場所へ片付けていく。
「………ああ、佐藤さんにもらった。奥さんが山梨に旅行に行ってたんだって」
シャワーを浴び終えて髪を拭きながら出てきた秋葉に問えば、そう答えた。
交代で梶原がシャワーを浴びる。
「……飲む?」
少し眠気が覚めた表情で、秋葉は紙袋から白ワインを取り出して梶原に差し出した。
「秋葉さんは?」
「俺、今日は多分アルコールまわっちゃうな……」
秋葉はシンクの引き出しからコルク抜きを取り出すと、梶原に放り投げる。
「投げちゃ駄目。危ないです」
秋葉は疲れが許容範囲を越えると、普段は丁寧に扱う物もどうでもよくなってしまうのか、よく物を放り投げる。
そのうち自分も投げ捨てられてしまうかもと、梶原は内心びくびくしていたりする。
「まわっちゃいますか」
「うん……多分」
そういいながらも、秋葉はテーブルの上にグラスを2つ用意した。
「飲むの?」
「飲んで感想言わないと……佐藤さんがうるさい」
以前佐藤がくれたコーヒー豆を職場で放置したままにしてしまい、ひどい目にあったと秋葉は言う。
梶原はくるくるとコルクを抜く。
「もう俺、一口でいい」
秋葉にそう言われ、梶原はグラスにほんの少しのワインを注いだ。
「……甘い?」
「あーまー……」
秋葉は一口それを含み、顔をしかめる。
梶原はビールや焼酎よりも甘い系統の酒の方が好きなので、秋葉より少し多めに自分のグラスにそれを注いだ。
「あ、おいしい」
「じゃ、あとお前にやる。あ、でも佐藤さんには内緒」
残りのワインを飲み干して、秋葉は立ち上がる。
余程口の中に甘さが残ったのか、洗面台で口を濯ぎ、そのまま部屋へ行ってしまった。
梶原も自分のグラスを空にして、ボトルにもう一度コルクを突っ込んだ。
歯磨きを済ませて部屋に行くと、秋葉はベッドの上に転がって目を閉じている。
梶原はベッドに腰かけ、そっと秋葉の髪を撫でた。
「あ、ごめんなさい。起こしました?」
途端、薄っすらと目を開けた秋葉に梶原は謝った。
シャワーを浴びた事とアルコールが入った所為でほんのりと赤い肌に、ぞくりとした。
「……膝枕……」
ベッドの上で少しだけ身体を起こし、秋葉は上目遣いで梶原を見上げる。
「え……?」
「膝枕、して……」
右手で梶原の足を抱くように引き寄せ、秋葉はそこへ頭を乗せた。
「秋葉さん?」
ころりと転がり、梶原を真下から見上げてくるその目は潤んでいる。
「酔っちゃい……ましたか……」
「んー……」
秋葉は微笑んだ。
思えば、酔った秋葉の姿など見たことも無く。
そして素面では、絶対に秋葉はこんな風に梶原に甘えては来ない。
梶原は、その黒髪を指で柔らかく梳いてやる。
秋葉は心地良さそうに目を閉じた。
(ほんと、猫みたいだなあ……)
ほんの少しの出来心でその白い喉元も撫でてみる。
秋葉はまるで猫のように喉を反らせた。
(やば………鼻血吹きそう……)
いや、実際にそんな事はないが。
頬に指先を滑らせれば、それを手で捕らえて唇で指先に甘く噛み付いてくる。
そして秋葉は目を開けた。
「どうしたの秋葉さん……甘えたい気分なの?」
「ん………」
梶原の手のひらを握りながら、秋葉はにこりと笑う。
初めて見せるような、その邪気のない笑みが、何処と無く彼の姪である唯に似ていて。
彼女と秋葉は間違いなく血が繋がっているのだと思わせる。
梶原はそう思いながら、秋葉を見つめて微笑を浮かべた。
「何、笑ってるの………?」
秋葉は梶原の手のひらを離しながら呟き、持ち上げた指先で梶原の頬に触れる。
今更ながら、その指だけはいつもと同じで冷たい。
アルコールのせいで幾分舌足らずな口調が、更に梶原の心拍数を上げさせる。
笑みの形を結んだままの唇に触れられ、梶原も秋葉のその指先をそっと噛んだ。
それを見つめ、秋葉はまた楽しげに笑う。
「秋葉さん……」
秋葉の指を離し、梶原は秋葉の前髪をそっとかきあげた。
「今夜はすっげー凶悪なんですけど………」
「…………?」
きょとんと見つめてくるその瞳が。
「確信犯、じゃ、ない、よね………?」
いっその事、もう少しワインを飲ませてしまえばよかったかも知れない。
「誘ってるんじゃ、ない、よね……?」
その言葉に。
秋葉はくすりと笑って目を閉じた。
「もー……秋葉さん……」
梶原は、そっと秋葉の身体を膝から下ろす。
そして眠ってしまった秋葉の唇に、そっとキスをした。



いつも試されているのは、俺。

試しているのは、あなた。

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