公安第一課2(裏)

□受難ーside・B
1ページ/1ページ

知ってる?


この心の中は


本当はいつも


嫉妬で満たされているのに



「はぁぁぁ……」
秋葉の後でシャワーを浴び、髪を拭きながら梶原が盛大な溜息をつく。
「オツカレサマ。いろいろと」
幾分、含みのある口調で秋葉が呟いた。
「もう……参りました。あれから立花さんやら今井さんやら…署内の女性を何だか一気に敵に回した感じ?」
「ふーん」
秋葉はまるで気の無い相槌をうち、ぱらりと雑誌のページをめくる。
もう何度も読んだはずのその車の雑誌。
秋葉のその姿と態度を見ながら、梶原はベッドに腰掛ける。
「あ〜……でもやっぱり二股かけられてたんだなぁ…とか思ったら……何だかなあ…」
それは特に秋葉に向けて言った言葉ではない。
ただの独り言だった。
意外にショックだったのだ。
その事実が。
口に出してしまえば楽になるタイプなので、梶原は胸の内をストレートに言葉にする。
秋葉がふと目を上げた。
「え……?何ですか…?」
「………別に」
梶原が問うと、秋葉は再び視線を雑誌に戻す。
「秋葉さん……?」
「何」
ほんの少しだけの、棘。
それを感じて梶原は微笑んだ。
「もしかして……妬いてくれたり…してるんですか」
その途端に、秋葉は音を立てて雑誌を閉じた。
「誰が?」
不機嫌そうに……そう、秋葉は不機嫌なのだ。
「調子に乗んな、馬鹿」
「はーい」
梶原は口を尖らせ、ベッドに転がった。
そのまま、うとうとと眠ってしまいそうになる。
「………ん」
自分が無意識に発した声と、ベッドに秋葉が上がってくる気配で梶原は目を開けた。
いつの間にか灯りが消された部屋。
仰向けに寝ていた梶原の身体を跨ぎ、秋葉が見下ろしてくる。
「……彼女の名前は、アヤ、です」
無言の秋葉に、好戦的な言葉を投げてみる。
「大学の同級生です。4年の春から付き合ってました。とってもとっても好きでした」
秋葉は表情を崩さない。
それを見て、梶原は、何故か意地の悪い気持ちになる。
「……どうせ、秋葉さん、妬いたりしないもんね……」
とん、と顔の横に秋葉が手のひらを落としてきた。
そのまま耳元に息がかかるほどに上体を倒して囁く。
「………秀希」
「………」
初めて。
秋葉に名前を呼ばれた。
「秀希…って、呼んでた…。彼女が…お前のこと」
唇が触れそうな距離で紡がれる、密やかな囁き。
「嬉しそうな顔、してた……お前も」
「秋葉さ……」
言いかけた言葉は秋葉の口付けに攫われる。
思わず秋葉の肩に伸ばした手は捕らえられ、シーツに押し付けられた。
「……言ってよ…秋葉さん。ちゃんと、言葉で聞きたいよ……」
ようやく長い口付けから解放され、梶原は吐息と共に秋葉を見上げて言った。
例えそれがどんな言葉であったとしても。
秋葉の口から語られるのならば、受け止めるのに。
「もう、いい……悪かった……」
ふと秋葉は視線を背け、梶原の身体を自由にした。
「よくない!!」
離れていこうとする秋葉の腕を取り、梶原は強く言う。
「知ってる?俺がどんなに嫉妬してるか」
「…………」
ぐい、と力を入れて秋葉の身体を抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「俺は、ずっと奈穂さんに嫉妬してるよ?だって秋葉さんをまだ捕まえてるもの、あの人。
死んじゃった人とは争えないし。じゃあ、俺の方が断然、分が悪いじゃないですか」
秋葉は身じろぎもせずに、梶原の胸を打つ鼓動を聞いていた。
腕にかけられた指先に僅かな力が込められる。
「何でいつも…そんなに脅えてるの?」
その問いかけには、腕の中から秋葉が笑う気配が返ってくる。
「そう…。言わないつもりなんだ?それとも言えない?」
「………妬いた」
ぽつりと秋葉が呟いた。
「何?もう一回言って?」
その呟きは間違いなく聞こえていたが、梶原はそう聞き返す。
「…………永遠、とか…ずっと続いていくもの、なんて…俺は信じない…」
秋葉はそう予防線を張っていく。
信じないのではなく、秋葉はそれを信じられないのだと梶原は知っている。
大切なものを守りきれずに失ってきた経験がそうさせるのだ。
だから、秋葉は常に自分の心に壁を作る。
そして秋葉は、確かに漠然とした不安を覚えていた。
いつか、梶原にとって自分が。
彼女と同じように、いつかは過去になっていくのだろう。
この関係は不自然で歪なものだから。
その時、自分はこの手を離せるだろうか。
二度と人に心を開かないつもりだった。
二度と、人を愛したりしないつもりだったのに。
こんなにも弱くなってしまう自分自身が情けなくて仕方が無い。
「………だから、不安なの?」
それ以上秋葉は何も答えず、ただ梶原の腕を握り締めた。



愛するという事は


何よりも人を強くする


また逆に


弱くもするのだと気付く瞬間



受難

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ