第4取調室2

□さびしくないよ
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毎朝やってくる、ベランダの小さなお客。
黒は彼ら…もしくは彼女達…とトモダチになりたくて、それをいつも窓越しに眺めている。
ふくふくと、茶色の丸いフォルムをした雀。
小さな雀だ。
すぐ近くにある電線の上にも、何羽もの雀がとまっている。
お互いに鳴いて、何の話をしているのだろう。
「…ねえ…今朝も寒い?」
加湿器のせいで、少し曇ったガラス。
そこに指先で、梶原の似顔絵を落書きしてみたりしながら。
きゅ、きゅ、と小気味いい音がする。
指を止めると僅かに流れ落ちる水滴。
「しっけ……けつろ……かび…」
関連する言葉を口にしながら、黒は窓の外を見つめる。
閉じたカーテンで仕切られた、黒だけの世界。
明け方の静けさ、窓を開けたらさぞ心地良いに違いない。
ちょっとした思い付きで、黒は鍵を開けてベランダに通じる窓を開ける。
からり、という音がする前に、雀は飛び去っていった。
「……あ〜ぁ……」
それは当然の事なのだが、黒はほんの少しだけがっかりして小さく呟く。
どんなにトモダチになりたくても、それは無理な話なのだ。
己の吐いた息は白く。
もう冬なのだと黒は思う。
空気に溶けて消えていこうとするその白い息。
黒はもう一度、ふうと息を吐いてからそれに手を伸ばした。
しかし、それは黒の手に捕まる事なく淡く消えていく。
素足に、ベランダのコンクリートは冷たい。
「どこからきたの?どこにいくの……?」
目線の高さを飛ぶ、雀。
「おうちはどこ?トモダチはいる?」
まるで黒の問いに答えるように雀は電線にとまり、寒さを凌ぐように身体を寄せ合う。
「そっか……さびしくないなら、いいね」
黒はそう言って笑った。
その途端。
どうしようもない寂しさが胸を締め付けた。
黒は慌てて、部屋の中に帰る。
足の裏が埃っぽい。
とてとてと風呂場まで行くと、パジャマの裾を捲り上げ、蛇口から水を出して足を洗った。
洗い終えた足を拭き、マットにもしっかりと擦りつける。
まるでマーキングだ、と黒はくすりと笑った。
来た道を戻ると、開けた窓から入ってくる冷たい風が室温を下げていた。
カーテンが黒を誘うようにふわりと揺れる。
あの向こう。
「どこからきたの?」
それは自分への問い。
空を飛べたらいいのにな。
こんな朝には、そんな事を思う。
黒は、真っ黒な瞳で狭い空を見た。
薄い青、冬の空。
「黒ちゃん」
梶原の声がして。
カーテンに触れようとした左手をそっと掴まれる。
「おはよう?」
冷たかった身体を、起きたばかりの温かい体温で梶原が包んでくれる。
黒は梶原の腕に手をかけ、微笑んだ。
「もしかして、風邪ひきたいの?」
触れる手の冷たさに、梶原は顔をしかめる。
「ううん……」
でも、風邪を引くのもいいかも。
梶原がいつも以上に優しくしてくれるから。
首を横に振りながらも、黒はそんな事を思う。
でも、風邪は引いちゃいけない。
もうひとりの自分が疲れてしまうから。
「黒ちゃん」
梶原は優しく黒を呼ぶ。
その声だけで、いい。
「俺も、さびしくないよ……だって…」
カーテンの隙間から、飛んでいく雀が見えた。
黒はそれに手を振って、呟く。
「ひとりじゃないからね……」
黒の独白を、梶原は黙って聞いている。
黒が何を思っているのか、何を感じているのか。
それを受け取るのに言葉は要らないからだ。
「あのね、かじわら……」
「うん」
腕の中で、黒が少し飛び跳ねるような動きをした。
ちょん、と梶原の足の上に自分の踵を乗せる。
氷のような冷たさだ。
梶原は擽ったそうに身を竦めた。
「足が、つめたいの…」
「ベランダに裸足で出て、その後お水で洗ったんでしょう?」
「うん!!」
楽しげに黒は笑い始めた。
もう、仕方がないな、というように梶原は大仰な溜息を吐く。
「白ちゃんが昨日、黒ちゃんの靴下、暖かいの買ってくれたから。履く?」
「うん!!」
ぽかりと空いた胸の隙間。
そこに忍び込み始めていた、小さな寂しさ。
いつの間にかそれが消えた気がして。
黒はとんとんと梶原の足を軽く踏んだ。
今日は何をして過ごそうか。

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