第4取調室2

□おせちな黒ちゃん
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黒は、壁のカレンダーを見ながら小さく歌う。
この前覚えたばかりの歌だ。
「もういくつ寝ると、お正月?」
一日、二日。
一週間…と…。
とん、とん、とカレンダーの日付を指先で押さえ、黒はキッチンで料理本を見ている梶原を振り返る。
「何みてるの?かじわら」
黒は梶原の背後からその手元を覗き込む。
ぎゅう、と抱きつく事も忘れない。
「あいたっ…!!噛まないでよ黒ちゃん」
梶原に抱きついていると、黒は無性に彼に噛み付きたくなってくるのだ。
耳をかぷり。
首筋をかぷり。
挙句の果ては、頭にもかぷり。
もちろん歯は立てないが、存分に噛み付いてから、黒は満足げに笑みを浮かべた。
そんな黒をよしよしと撫で、梶原は本のページを捲る。
「黒ちゃん、おせち料理食べた事ないよね」
「……おせち?」
くたりと梶原にもたれかかり、黒は首を傾げる。
「お正月に食べる料理」
「しらなーい……」
梶原は黒に見えやすいように、本を少し動かした。
「元旦の朝にはお雑煮を食べます」
「おぞうに?」
おぞうに、おぞうに、と黒は呟く。
梶原は横にあった椅子を引き寄せ、黒をそこに座らせる。
ヒーターが暖かい風を足元に送っていた。
黒はそこに座り、更に椅子を引いて梶原に寄り添う。
「地方や家庭によっていろいろあるんだよ。香川なんかは白味噌に餡餅だって」
「白味噌に餡餅!!」
心なしか、餡餅という言葉に黒の目が輝く。
梶原は苦笑した。
「黒ちゃん、この中で何か食べたいものある?」
嫌いなものを聞くと、きっとたくさんあるだろう。
そう思い、梶原は黒に食べたいものを尋ねる。
クリスマスも仕事だし、正月もあまり休みらしい休みが取れるかどうかは分からないのだが。
前後の休日を使えば何とかなるだろう。
「これ!!これ食べたい!!おいしそう…」
黒は手を伸ばし、栗きんとんの写真を指した。
「うん。わかった」
梶原はそのページに折り目をつける。
「あとこれ!!黒豆!?」
隣のページにあった黒豆を指差し、黒は梶原を見上げた。
「黒豆?でも黒ちゃん、お豆さん嫌いでしょう?」
黒は豆や煮物が嫌いだ。
大豆が苦手なので、豆腐もそのままでは食べない。
ハンバーグに混ぜ込んだり、ホットケーキミックスと混ぜてマフィンにして食べさせたり。
保育士梶原は、黒に何とか栄養価の高いものを食べさせるために大忙しだ。
「だって、俺と同じ名前だもん」
確かに。
梶原は黒の頭を撫でる。
「おせちの料理にはそれぞれに意味があるだよ。えーと、黒豆はね」
健康で、まめに働けますように。
そう言うと、黒はきょとんと目を丸くする。
「じゃあ、俺よりしゅうじに食べさせる?」
「あははははぁ…確かに…」
梶原の肩に頬を預け、黒は笑った。
「でも、かじわら。お休みになったらおうちに帰るでしょう?」
「うーん……」
正直、まだ決めかねている。
仕事次第、だが。
秋葉も秋葉で、実家に一度は顔を出さなければならないだろう。
帰らないというのなら、無理矢理にでも帰らせようかとすら思う。
だが、黒は。
自分の身体を持たない分、自分の意志ではなかなか動けないし、結局秋葉任せになってしまう。
「かじわら、おばあちゃんが待ってるよ?久しぶりに会いたいなあって」
すりすり、と梶原の腕に頬を寄せ、黒は穏やかに呟いた。
「黒ちゃん……」
「しゅうじが言ってる。ちゃんと顔見せてあげなって」
面と向かっては言えないこと。
黒は時折、主人格の気持ちを正確に代弁する。
「でももし、2日お休みがあったら、できたら半分は一緒に遊ぼうって。…あ……その、遊びたいのは俺だけど」
もにゃもにゃと小さく言い、黒は立ち上がろうとした。
その手を引き、梶原は黒を抱き寄せる。
「大丈夫だよ、黒ちゃん」
椅子からずり落ちそうになる黒を自分の方へ引っ張り上げ、梶原は黒の背を撫でた。
「黒ちゃんも、いつも一緒だよ」
「……ん…」
梶原の太ももの上に上半身を預け、黒は安心したように微笑んだ。
まるで猫のように、うぎゅう、と黒は梶原の足を掴む。
ついでに思い切り口を開け、梶原の足に噛み付いた。
「もう、噛まないでって言ってるのに!!」
梶原は笑いながら、黒の髪を両手でぐしゃぐしゃにかき混ぜた。

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