第4取調室2

□クリスマスにきみへ
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きみのかなしみは
ぼくのかなしみ

きみのいたみは
ぼくのいたみ

きみのなみだは
ぼくのなみだ

きみのよろこびは
ぼくのよろこび

きみのえがおは
ぼくのえがお


きみのしあわせは


ぼくのしあわせ


「ん〜………」
黒は、テーブルの上にがま口の財布と貯金箱を出して、幾度目かの唸り声を上げた。
そのついでに、チョコレート菓子をひとつ口の中に放り込む。
もうすぐ、クリスマスで、誕生日なのだ。
クリスマスはキリストの誕生日だが、黒にとって12月25日は大切な主人格である秋葉の誕生日だ。
「何がいいかなあ……」
夏の、梶原の誕生日には時計を買ってみたりしたのだけれど。
「わかんないなあ……」
甘いものを食べると、頭が活性化するかと思ったのだが。
心がふわりと満たされただけで、脳細胞はあまり働いていないようだ。
大切な大切な、もうひとりの自分。
彼に何と言って伝えればいいだろう。
「あいつ、31歳になるんだっけ……」
椅子に深く腰掛け、ふらふらと持ち上げた足を揺らす。
彼が生まれて31年。
黒はその大半の歩みを知らない。
薄ぼんやりと知っているだけでもここ数年だけだ。
黒はいつの間にか生まれて。
いつの間にか、ここにいたから。
「しゅ〜う〜じ……起きてないよね?」
そっと呼んでみても、返答は無い。
身体はこうして黒が使っているので充分な休息は取れないが、秋葉の精神だけは深く眠っているのだ。
黒は苦笑し、もう一度溜めたお小遣いを数えることした。
一応、福沢さんが1枚と樋口さんが1枚、野口さんが3枚。
それぞれ何をした人かは知らないが、きっとお札になるくらいだから偉い人なのだろう。
これで6号のデコレーションケーキだったら幾つ買えるかな、などと考えながら。
黒は溜息を吐いた。
「だって、しゅうじ。何も欲しいものないんだもの……」
彼には物欲も食欲もない。
そんな相手に何を上げれば喜んでくれるのか、本当に困ってしまう。
もしも、本人に欲しいものを尋ねることが出来たとしても。
きっと少し困ったように笑って、何も要らないよと言うに違いない。
はぐらかすように頭をそっと優しく撫でられたら、黒は本当にはぐらかされてしまうのだから。
「か〜じ〜わ〜ら……」
梶原を呼んでも、今日は留守だ。
「…………」
独りで考える時間というのも、きっと必要なのだろう。
黒は一抹の心細さを、前向きにそう考える事で追いやる。
気分は『ひとりでできるもん』に近い。
「よし」
黒は身支度を整える為に立ち上がった。
外出用の服に着替え、知った人に会っても見つからないように帽子と眼鏡を手に取る。
まあ、会うことはないだろうが、特に薬師神には会いたくない。
彼は恐い人だから。
自分の財布をコートのポケットに突っ込み、反対側のポケットには一応秋葉が私用で使っている携帯を。
もしも面倒な電話がかかってくれば、眠っている彼に起きてもらえばいい。
玄関を出て、一歩外に出る。
冷たい風に、ぶるりと身体が震えた。
黒は部屋の中に引き返すと、マフラーを首に巻きつける。
「これでカンペキ」
にこりと笑い、黒はエレベーターを待つ事もなく階段を駆け下りた。
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