第4取調室2

□requiescat in pace
1ページ/4ページ

静かで薄暗い空間

澄んだオルゴールの音色

やがてゆっくりと音は途切れ


途切れ
途切れて



そのオルゴールが奏でるのは何という曲なのか、彼はそれを知らなかった
身元不明の、重篤な容態の患者が運び込まれたという管内の病院。
夜勤で詰めていた彼と、一緒に組む事は滅多にないのだが、薬師神が通報を受けてその病院に到着した時。
その患者は既に息を引き取っていた。
簡単な検死の後、外傷もなく死因に不審な点も見られないという事で、少し肩の力は抜けたのだが。
その老女の身元が分からない、という事が問題だった。
遺体の処置を終え、とりあえず霊安室に運ばれている遺体を淡々と検分する。
身体的な特徴を書き留め、病院側から受け取った彼女の所持品を確認した。
「…………」
彼は、細かな彫刻が施された小さな木箱の蓋を開ける。
「オルゴールか」
開けた途端、澄んだ音色が霊安室に響いた。
大きな蝋燭の火が揺れるのを見ながら、薬師神が呟いた。
「それを持って倒れていたそうですが……」
若い看護師がドアの前で、恐る恐るそう切り出す。
早く済ませてくれないだろうか、という様子だ。
「ホームレスではなさそうだが……」
身なりもそれなりに整っていて、なによりも身体が綺麗だ。
もしかしたら痴呆の症状があったのかも知れないが、今となってはそれもよく分からない。
とにかく早く、この遺体の身元を割り出して、遺族がいるのならばそこへ帰れるようにしなければならない。
今夜は少し忙しくなりそうだ。
そんな事を思いながら、薬師神は遺体の顔に白い布を被せてもう一度手を合わせた。
「………どうした?秋……」
秋葉、と彼を呼ぼうとして。
薬師神は少し迷う。
彼を秋葉と呼んでいいのかどうか。
時折、彼が秋葉と入れ替わっている事は知っている。
だが、一体何をきっかけとして彼がこうして現れるのか、薬師神は知らない。
知ってみたい、とは思うのだが、知る必要はないとも思う。
彼は秋葉よりも無口で、周囲に対しての警戒心が強い。
なかなか本性に触れさせない所があった。
だが逆にそれは、彼が持つ幼さであるとか、凶暴性であるとか、そういったものを隠すひとつの手段なのだろう。
オルゴールを見つめる彼の横顔は、初めてそれを目にした小さな子供のようだった。
遺体は今日の午前中一杯この場所に置いてもらう事にして。
所持品だけを預かり、一端署に戻る。
その算段を病院側とつける彼は、秋葉そのものだ。
所持品は、オルゴールとモノクロの写真。
恐らくそれは彼女の伴侶のものだろう。
さて、どう当ればいいものか。
そんな事を考えながら、薬師神は病院の裏口につけた覆面車のドアを開ける。
つい数時間前までは、秋葉が居たと思うのだが。
(どうしたのかな………)
彼と秋葉を見分ける事は、薬師神にとってはあまり困難な事ではない。
こんな風に、仕事の途中で入れ替わる事はあまり無かったと思うのだが。
今夜は彼や秋葉の天敵である影平も居ない訳だし。
(まあ、あいつが居ないから俺が組んでるんだけど……)
残念ながら、梶原も不在だ。
少し遅れて、彼が助手席に乗った。
途端、無線が鳴る。
「はい………」
ほんの少しの躊躇いもなく、彼は無線に応じる。
彼はいつ、仕事を覚えたのだろう。
そんな事にも興味が湧く。
薬師神はエンジンを始動させ、次の動きに備えた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ