第4取調室2

□きみの鼓動
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ふと首筋に触れる指先。
その感触に、梶原は薄く目を開けた。
本を読んでいるうちに、眠くなってしまい。
辛うじてベッドの上に寝転がったところまでは覚えているのだが。
「………黒ちゃん…」
傍らに座り込み、首筋に触れているのは黒だった。
言葉は無くても、それが先程まで一緒にいた秋葉ではない事は分かる。
黒は少しだけ首を傾げ、梶原の首筋を撫でた。
「どうしたの?」
こちら側に出て来てみたものの、自分が眠っていたので退屈だったのだろうか。
そんな事を思いながら、梶原は黒の手に触れた。
まだ秋葉と交代したばかりなのか、その手は少し冷たい。
普段の黒の手は、眠る前の子供のような温かさなのだが。
「……なんだか…甘えたい気分なんだけど。…いい…?」
しばらくして黒がそう呟いた。
普段ならば有無を言わせず甘えてくる癖に、一体今日はどうしたのだろう。
梶原はくすりと笑う。
主人格とは全く別物の彼は、それでも時折、やはり彼と同様の不安定さを見せる。
ただ秋葉と違う所は、その不安を口に出そうとする所だ。
「黒ちゃん、眠い?」
「ううん……今起きたばっかりだもん……」
主人格と交代するという現象を、彼は『起きる』であるとか『寝る』と表現する事が多い。
秋葉は意識が『浮かぶ』或いは『沈む』と言ったりもするのだが。
黒は言葉の途中で、ころりと梶原の側に転がった。
ごそごそと居心地の良い場所を探し、結局いつものように梶原の身体にしがみつく。
仰向けになったままの梶原の胸に、片方の耳を当て、飽きもせずに鼓動に耳を澄ませる。
呼吸の音と、心臓の拍動の音。
梶原が生きているという事を身体で感じる事が出来ると、徐々に落ち着いてくるのだろう。
猫の様に頬を摺り寄せ、黒は溜息を吐く。
努めてゆっくりとした呼吸を繰り返しながら、梶原は黒の髪を撫でた。
「心臓の音…すき…。落ち着くから…」
ぽつりと掠れた声で黒が呟いた。
梶原は黒がするように、彼の首筋に指先を当てる。
黒も、自分と同じように確かに生きていること。
その実感は、彼にも在るだろうか。
「やっぱり、ねむい……」
「うん……」
少しずつ、身体にかかってくる黒の重みが増してくる。
すう、と聞こえた、これまでの呼吸とは違う長い吐息。
「かじわら……」
「うん……大丈夫。ここにいるよ、黒ちゃん」
とくりとくりと繰り返される2人の鼓動。
決してその速さは重ならない。
「あの、ね……」
きっと、起きた時には話したい事がたくさんあったのだろう。
だが、黒は訪れた眠気に抗う事が出来ずに、少しずつ意識を手放していく。
やがて眠ってしまった黒の髪を手櫛でやんわりと梳いてやりながら、梶原も目を閉じた。
もう一度、目覚めた時に。
いつものように傍若無人に振舞う、幼い黒がここに居る事を願いながら。

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