第4取調室2

□お花見
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花見には絶好の天気の日曜日。
梶原は洗濯物を干し終え、狭い空を見上げる。
ベランダから部屋を振り向くと、床に座り込んだ黒がこちらを見ていた。
秋葉はあまり外に出たがらない。
黒は黒で外には出たいのだけれど、少し主人格に影響されているのか遠慮しているのか、梶原の許可を得てからでないと安心して外出できないようだ。
「お天気もいいし、ちょっとお散歩に行こうか?」
梶原がそう言うと、黒は嬉しそうに頷く。
着替えを済ませて外に出ると、黒は心地良さそうに伸びをする。
その姿を見ながら、梶原は微笑んだ。
「今日はみんなお花見してるんだろうね」
何となく駅の方へと歩きながら、黒が呟く。
「すごい人出の所もあるみたいだよ?そういうの、黒ちゃんも行ってみたい?」
秋葉になら絶対にしない問い。
梶原の言葉に、黒は少し首を傾げた。
誰にも分からない場所で、主人格と交信しているのかも知れない。
黒は困ったように笑い、首を横に振った。
「ヤダ。人ごみキライ」
「そう言うと思った。お昼何か買って、ふたりでお花見する?」
川沿いの土手か近くの公園ならば、さほど花見客もいないだろう。
「うん!じゃあ、BOXケンタッキー食べたい!Cセット!」
以前、黒にケンタッキーのフライドチキンをお土産に買って帰ってからというもの。
黒はすっかりケンタッキーがお気に入りだ。
ファストフードは身体に良くないので、時折しか食べないようにしているし、黒にもそう言い聞かせている。
ただでさえ、甘い物や揚げ物が好きな黒だから尚更だ。
黒は良くても、次に入れ替わった時に秋葉にダメージが残ってしまう。
人格ふたつに身体がひとつというのは、ひどく厄介なものだと梶原は思う。
だが、今日は黒のリクエストに答えてやろう。
「Cセット?がっつり行くねえ」
「だって久しぶりだし。チキンも食べたいし、サンドも食べたいし。ポテトとビスケットも食べたいもん」
黒は口を尖らせる。
「……じゃあ、晩御飯は軽くしないと駄目かな」
梶原は頭の中で思った事をふと口に出した。
秋葉と過ごす時は秋葉の事だけ。
黒と過ごす時は、黒の事だけを考える。
梶原はこの『ふたり』と関わる時、何よりもそれを心がけているのだが。
今日は何故か、秋葉と黒の違いばかりを数えてしまう。
思えばこの季節に、仕事以外で秋葉と外を歩く事は無かった。
今年は秋葉も、いつになく精神的に安定した状態を保ってはいるのだが。
(………また春が来たんだなあ……)
大塚署に配属されて、秋葉と組んだ。
相模が起こした事件に否応なしに巻き込まれていった、秋葉と自分。
桜の花が咲いて、散って行くたびに。
きっといつまでもそれを思い出してしまう。
黙り込んでしまった梶原を、一度不思議そうに見つめた黒だったが、何も言わずに梶原と歩調を合わせて歩いていく。
駅前にあるケンタッキーの店に入り、黒の希望通りのセットを買った。
ついでに梶原も同じものを選択する。
「俺、桜がある場所あまり知らないよ?」
持ち帰りにしてもらい、店を出たところで黒が言う。
それで、ようやく梶原が我に返った。
「……うーん……公園に行こうかなあ……」
マンションの側にある公園。
実は、季節の花々が揃っている穴場的な場所なのだ。
のんびりと歩きながら、来た道を戻る。
「どうしたの?」
黒が、梶原のシャツの袖を軽く引いた。
部屋の中では存分に甘える彼も、こうして外に出れば梶原に触れる事に対してかなり躊躇があるようだ。
遠慮がちに軽く服を指先で引き、梶原の意識がこちらに向いた事を確認するとまた離れる。
「何でもないよ、ごめんね」
黒は人の気配に敏感だ。
彼を少し不安にさせてしまった事を悟り、梶原は笑ってみせた。
「何でもないなら、謝らなくてもいいのに……」
黒は笑いながらそう言い、梶原の数歩先を歩いて行った。



数日前に満開を向かえた桜は、ちょうど今が見頃だ。
時々風に吹かれて花びらが散って行く。
黒はポテトとサンドを食べ終え、次はチキンに噛み付きながら、それを見ている。
「黒ちゃんは、桜が恐くないんだね」
「…………」
黒の横顔を見ていた梶原は、黒と同じものを見ようとして、その視線を追う。
聴こえているのかいないのか、黒は何も言わずに咀嚼をしている。
何となく、こうして外で食べる昼食は新鮮だ。
せっかくの機会なのだから、楽しまなければ。
そう思いなおし、梶原もポテトを口に放り込んだ。
「………やっぱり、しゅうじの事考えてたんだ」
特に気を逸らしていた梶原を責めるような口調でもなく、しばらくして黒はそう言って笑う。
「俺も考えてたよ……しゅうじの事……」
黒は、食べ切ったチキンの骨を袋に放り込む。
油で汚れた指先と口元を紙ナフキンで拭い、梶原を見た。
「俺は何も恐くないよ。だって……何も失くしてないもの」
いつもより少し大人びた目。
黒は梶原を見つめた後、また桜を見上げた。
さわさわと枝が揺れるたび、薄紅の花びらが散って行く。
「でも……しゅうじも、今年は去年よりも桜が恐くないって。ちょっとずつ、そういうの治ってきてるんじゃないかな……」
去年よりも今年。
昨日よりも今日。
「生きてる以上、時間って止まらないじゃない……。だから、今もちゃんと俺と一緒に桜見てるよ、しゅうじも……一緒」
普段ならば黒がこうして表に出ている時は、秋葉は意識を遮断してしまっているというのだが。
「綺麗、だよね……桜」
黒の言葉は、梶原に向けられたものだろうか。
それとも秋葉へと向けられた言葉だったのだろうか。
「綺麗だね……」
恐らくは、その両方だ。
梶原は、秋葉と黒に向けてそう答えた。
「かじわら、さ。……ふふ……」
不意に言葉の途中で黒が笑う。
「どうしたの?黒ちゃん」
楽しげに微笑む黒に問いかける。
黒は悪戯っぽく肩をすくめた。
「これ以上食べたら、明日胃がもたれるからヤメテって。しゅうじ、年寄りくさーい」
「う……。確かに……秋葉さんにはキツイかもね……」
黒はがさごそと袋の中を漁る。
「残念でした。まだビスケットが残ってるんだもんねっ!!明日の事なんてしーらないっ」
取り出したビスケットに、メープルシロップをたくさんかけながら黒が言った。
ぱくりとおいしそうにビスケットを頬張る黒の、幸福そうな顔。
梶原はそれを見る度に、自分自身が幸福な気持ちになる事を知っている。
黒が言いかけた言葉はビスケットを食べ終えた時に聞いてみよう。
そう思いながら、梶原もまた桜を見上げた。

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