第4取調室2

□いじめたでしょ
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※※※先にあなたのすべてからお読み下さい※※※




昨日の自分は少しどうかしていたのだ。
梶原は目覚めた途端にそう思った。
どうしようもない理由で秋葉を追い詰め、ひどい発作を誘発させてしまった。
普段ならばそれを防ぐ役目を担う自分が、だ。
(あ〜あ……やっちゃった)
我に返ってみれば自己嫌悪の嵐だ。
昨夜はあの後、意識の戻った秋葉を風呂に入れ、睡眠薬と安定剤を飲ませて眠らせた。
お互いに一言も言葉を交わさなかった。
真夜中に秋葉が幾度かうなされていた時も、そっとその背を抱いていただけだ。
それでも縋るように身を寄せてくる、彼の仕草がただ愛おしかった。
ふと梶原は秋葉の寝顔を見て、気付く。
(黒ちゃん……)
最近お気に入りのウサギの縫いぐるみが無かったせいか、枕を抱き締めて眠っている。
無論、秋葉にはそんなものは必要ないので、普段はベッドの上に無いから仕方ないのだが。
ぎゅう、と枕を抱き締めて眠っている姿は、どこか心細そうだ。
梶原は身体を起こすと、黒の頭を撫でてやった。
「………」
ぼんやりと目を開け、黒は数回瞬きをする。
「おはよう?黒ちゃん……」
途端に、黒は不機嫌な表情になった。
「あ゛〜〜〜っ!!!」
寝起きの掠れた声で、黒は意味不明の言葉を発する。
「黒ちゃん?」
「ま゛〜〜〜っ!!!」
喉が痛むのは仕方ない。
秋葉の起こす発作は呼吸器系のものに似ている。
ころりと梶原に背を向け、黒は尚も表記する術が無いような発音の声を上げた。
身体を丸め、苛々としたようにシーツに顔を擦り付ける。
「黒ちゃん大丈夫?お水飲む?」
背を撫でようとしたのだが、ぴしゃりと拒まれた。
こちらに身体を反転させるついでに、枕で攻撃してくる始末だ。
まだ噛み付かれないだけマシだろうか。
「痛いよ、黒ちゃん」
まるで猫のように両脚で梶原の身体を蹴りつつ、黒は顔を顰める。
まるで泣き出す寸前のようだ。
「しゅうじに……くすり…のませたの…?」
黒は秋葉が飲む薬が嫌いなのだ。
彼には必要の無いものだから仕方が無いといえばそうなのだが。
黒にとってはもっと複雑に作用するものなのかも知れない。
黒は薬を嫌う。
問われ、梶原は頷いた。
「うん…ごめんね」
答える間にも、黒は梶原を蹴り続ける。
「いじめたでしょ……」
「え?」
自分が放り投げた枕を取り、再びそれを梶原にぶつけ、黒は吃と梶原を睨んだ。
「昨日、しゅうじをいじめたんでしょ!」
「………」
何と答えればいいだろう。
梶原は黙り込んだ。
黒は基本的に主人格を守るために存在する人格で。
守ることに存在価値と意義を置いている。
「あいつ傷つけたら、俺……ほんとに怒るよ?」
少しだけ黒の声音が落ち着いた。
不安げな眼差しで梶原を見上げている。
「うん……分かってる」
梶原は微笑み、黒の髪を何度も梳いた。
「…ほんとに、殺しちゃうからね」
「黒ちゃんはそんな言葉使っちゃダメ」
鼻を摘んでやると、黒は堪らず笑い始める。
しばらくじたばたと暴れた後、枕を抱えなおした黒は、もう一度梶原を見上げる。
「もうちょっと、寝る。……起きたら遊んでね」
「うん」
黒が眠りに落ちるまでを見守り、梶原はそっとベッドから降りた。
そして、黒のお気に入りのウサギの縫いぐるみを持ってベッドに戻った。
黒の傍らにそれを置いてやり、あどけない寝顔を見つめる。
「ごめんなさい、秋葉さん」
彼の中にいるであろう、もうひとりの彼に。
そっと謝罪の言葉を呟いて、梶原はその場を離れた。

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