公安第一課4(裏)

□無題
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梶原と影平は、署内の保管庫で鑑識の重宮とダンボール箱を漁っていた。
「さっさと済ませようやぁ」
相変わらず怪しい関西系の言葉を使いながら、重宮はダンボールをどかりと机の上に置いた。
途端に埃が舞う。
それを右手で払いながら、影平がわざとらしく咳をした。
「…こんなん、秋葉にやらせたらええやんか」
重宮の言い回しが、影平に伝染する。
「秋葉さん、今日は本庁ですから。薬師神さんと」
梶原がさらりとそう言った。
「つまらん。何で俺は留守番やねん」
影平は舌打ちをしながら箱の中身を確かめる。
「おらんもんは、しゃあないやん。それに…俺はあんまりこういうの、あいつに触らせたくないのね〜ん」
重宮の口調は軽いが、表情が硬い。
ビニール袋に小分けにされたものを、机の上に置いた一覧表と照らし合わせる。
「結局、自殺やったん?」
重宮は、彼女の手帳を手に取って言う。
20代、女性、会社員。
年齢、性別、職業。
それ以外、物品の持ち主が生きた背景は、全てシャットアウトしながら作業は続く。
「自殺だと判断されましたね」
梶原は新しいダンボール箱に丁寧に証拠品を納めていった。
今日の午後、これらの品々はようやく遺族の元に帰るのだ。
「重さんは、秋葉を甘やかしすぎ」
「……そういうお前さんもやで」
黙々と手を動かす梶原の傍らで、2人はそう呟いた。
「あれも10月…やったから…何となく、な」
梶原は言葉を挟まずにいた。
彼らが話しているのは、自分が知らない秋葉の事だ。
知る由もない、関わる事が出来なかった過去。
「今年も墓参り、行ったんかな。あいつ」
「知らね。秋葉の休日なんか、把握してねえもん」
「あんれまあ、冷たい相方やのう」
重宮と影平は軽口を叩き合う。
まるで、この陰気な部屋に漂う残留思念を振り払うように。
「いつになったら…」
「いつになっても」
重宮の言葉を影平が遮った。
「あいつは」
その先の言葉を、梶原は意図的に聴覚から弾き出す。
いつになっても、自由になんてなれない。
そんな言葉を聞きたくなかった。



本庁から一度署に戻った秋葉とはすれ違い。
梶原は勤務時間を少し超過して帰路につく。
秋葉の部屋に帰り、灯りがついていなかったので、合い鍵で扉を開ける。
真っ暗な廊下を手探りで歩く趣味はないので、靴を脱ぐ前に灯りをつけた。
「……」
秋葉の靴はそこにあった。
部屋へ行けば、いつものように壁に背を預け、心を何処かに置き忘れたような表情の彼がいた。
このまま声をかけなければ、ずっと時を忘れているのかも知れない。
「ただいま……秋葉さん。駄目だよ、灯りもつけないで座ってたら」
梶原の声に、秋葉は顔を上げて微笑んだ。
我に返るために必要な、数秒の時差。
あなたは何処に行っていたのか、と問いたかった。
「……」
秋葉が唇を開く。
「……なあに?」
梶原は笑み、秋葉を覗き込む。
秋葉は梶原の髪に触れた。
「何処に行ってきたの?」
梶原の問いをそっと奪い、秋葉は囁く。
指に触れたのは金木犀の花。
いや、実際には花ではなく、うっすらと消えかけた香りだった。
「金木犀…そこの公園に咲いてた。気づかなかった?」
ふわりと漂った香りに誘われ、目を向けた先に。
季節を違えることなく、咲き始めた花。
「気づかなかった」
秋葉は身体を起こし、視線を合わせるために床に両膝をついた梶原の身体に縋る。
そして、梶原が連れて帰ってきた金木犀の微かな香りを吸い込んだ。
「もう、10月なんだ……」
「うん」
彼岸花はいつの間にか枯れ落ち、知らない間に金木犀が咲いた。
秋葉の背を撫でると、ほんの少しだけ緊張したように身体が強張る。
その後で、小さな吐息と共に、秋葉はくたりと梶原にもたれかかった。
「大丈夫…」
秋葉は自分に言い聞かせるように言う。
梶原は秋葉をしっかりと抱き締めた。
影平が言うように、きっと秋葉は自由にはなれないけれど。
きっと息絶える瞬間まで、そんな時は訪れはしないけれど。
「一緒にいるから…」
あなたの心に寄り添うから。
だから、生きて。
「明日…金木犀、見に行きたいな…」
僅かな沈黙の後の秋葉の言葉。
梶原は微笑んで頷いた。

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