公安第一課4(裏)

□月光浴
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不思議に静かな夜だった。
1日の熱気が篭った室内よりも、窓を開けた先の外気の方が随分と涼しい。
暑い暑いと思っていたが、知らないうちに季節は正確に動いている。
微かな秋の気配。
梶原の腕の中で、秋葉が気だるげに息をついた。
その指先に触れているグラスの中で、氷がかろんと音を立てる。
部屋の明かりは消していた。
窓から差し込む月光と街灯りだけで、今夜は充分に明るい。
床には2人の影が濃く映し出されている。
「月光浴…っていいですよね」
梶原に後ろから抱かれる形で座っている秋葉からの返答は無かった。
代わりに細い指先がグラスを弄び、氷の涼やかな音が幾度か鳴った。
「心の調子を整えるのにいいらしいですよ?」
かろん、…かろん。
それが秋葉の返答かと、梶原はくすりと笑う。
秋葉は今、どんな表情をしているのだろう。
今すぐにそれを見てみたかったのだけれど、梶原はそれを少し我慢する。
秋葉が身動ぎをして、その黒髪が梶原の首筋を擽った。
まだ完全には乾いていない。
きちんと乾かさないと、と言っても、こんな時の秋葉は言う事を聞かない。
身体はここに在るのだが、心が何処かへ行ってしまっている。
それでも身体はここに在るのだし、たとえ心が何処へ行っても、必ず自分のところへ戻ってくる事を梶原は知っている。
だから梶原は、穏やかに秋葉を抱いているのだ。
ほんの少し強いアルコール。
秋葉はそれを口にして、こくりと喉を鳴らした。
ゆっくりと、瞬きをひとつ。
見ていなくても、気配で分かる。
「何を考えてるんですか?」
梶原の手のひらの温度より、随分冷たい秋葉の頬。
それをそっと撫でて、梶原は問いかける。
「………さあ……?」
今度は秋葉の声が返って来た。
笑い含みの、少し掠れた声。
掠れていても仄かに艶がある。
「多分、お前と同じ事」
試すように、挑むように。
秋葉は梶原の腕の中で身体を捩り、梶原の目を覗き込んだ。
そして、笑う。
アルコールのせいでいつもより赤みを帯びているだろう唇が、綺麗な弧を描いた。
「そうですか。奇遇ですね」
「………」
秋葉は目を伏せる。
床に置いたグラスに人差し指を浸す、緩慢な動作。
雫が滴る濡れた指先で、秋葉は梶原の唇をなぞる。
梶原が瞬きをする瞬間を、まるで狙ったように。
秋葉は冷たい唇を、梶原の唇に重ねた。
「同じ事、考えてるんですよね」
「……そうだよ……多分」
密やかに囁く秋葉に押され、梶原は床に横たわる。
見上げた秋葉の背後には。
青い、青い月。

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