捜査共助課(短編小説)1〜30話

□仲裁デビュー
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仲裁デビュー


 がしゃーん、と何かが割れる音がした。時間は午後9時。俺はそのドアを前に、大きく息を吸いこむ。自分の心臓の音がバクバク聞こえてうるさい。先日晴れて警察学校を卒業し、警察官になったばかりの俺。交番勤務2ヶ月目。まだまだぴっかぴかの新米巡査。
「た、た、た、たたたた高橋さ〜ん!!!何やってるんですか〜!!!大丈夫ですか〜!!!」
「梶原。声上擦ってる。びびるな、もっと腹から声を出せ」
 横からそう冷静に言ったのは、俺がもっとも尊敬する大坪義人巡査部長。交番勤務28年目のベテラン。最近白髪が目立ち始めた50歳。
「おまわりさん、何とかしてやってよ。ここのとこ毎晩だよ。高橋の旦那、酒飲んでるんだよ。奥さん殺されちまうよ」
 そう訴えるのはこの建物の管理人。大坪さんは元から細い目を更に細める。その間にも中からは破壊音と、叫び声が聞こえる。
「たたたた高橋さん!!!もう、ドア開けちゃいますよ!!!!」
「阿呆、まだ鍵がかかっているだろうが。高橋さん!!警察です!!入りますよ」
 またしても高橋さんの冷静な一言……。まだまだ俺は新米巡査。大坪さんは管理人から借りた合鍵を使ってドアを慎重に開ける。
「うおぁっ!!!!」
 ドアを開けたところに、何かが飛んできた。茶碗に見えた。大坪さんは身軽にしゃがんで事無きを得る。俺は訳もわからず叫びながらも、持ち前の反射神経で上半身をのけぞらせてセーフ。しかし。俺が後ろを振り向くと、茶碗は見事に管理人の額を直撃していた。災難だ。負傷者一名。今日は日報に書きこむことがたくさんありそうだ。
「危ないですから、下がっていてください」
 大坪さんは管理人を下がらせると、ずかずかと部屋の中に入り込む。俺は一歩遅れを取った。
「………」
 部屋の中はちょっとした修羅場だった。キッチンに奥さん。テーブルを挟んで居間に旦那。
「ちょっとおまわりさん、聞いてよ!!」
「はいはい?」
 俺は奥さんに腕を引っ張られた。酒くさい。
「奥さん、かなり飲んでますね?」
「おう、その女は立派なアル中よ!!!見ろよこのあざ!!こいつにやられたんだ」
 ……なんだ、酒飲んで暴れていたのは奥さんだったのか。
「うるさいよ!!!」
 再び茶碗が空を飛ぶ。続いて湯のみ、皿、鍋。夫婦喧嘩はキッチンに立った人物に勝利の女神が微笑むのかもしれない。凶器ならいくらでもある。奥さんは俺と大坪さんを挟んで旦那に手当たり次第、いろいろなものを投げる。なかなかいいフォームだ。そういえば、腕の筋肉もなかなかのもの。これでぶっ飛ばされたら痛いだろうなぁ。
「あのう、ご近所迷惑ですから。そろそろ終わりに……」
 そう言いかけた俺にもキッチンペーパーが飛んでくる。紙でよかった。ホントによかった。
「おっと」
 再び茶碗飛来。2人暮しの割には食器が多い。まさかとは思うが、こんなときの為に買いこんでいるのか?その茶碗を大坪さんがキャッチした。
「いいかげんにしないか!!!」
 一瞬窓がびりびりと振動したかと思った。大坪さんの怒鳴り声。あっけに取られて夫婦は動きを止める。
「さっきから黙って見ていればなんだ!!やるなら表に出て素手でやれ!!!」
「けしかけてどうするんですか、大坪さん……」
 顔を真赤にして大坪さんは怒っている。ちょっと怖い。
「話にならん、帰るぞ梶原」
 ぽかんと口を開けたままの2人を残して、来たときと同様、大坪さんはずかずかと部屋を出ていく。またしても俺は一歩遅れを取った。
「はいはい、終わったよ!散った散った!!」
 まるで交通整理をしているような感覚で、大坪さんは見事な手際で野次馬を蹴散らした。
「………大人しくなりましたね」
 ドアの外から耳を澄ませても、もう声は聞こえない。大坪さんはにやりと笑った。
「これくらいで大人しくなるなら軽いもんだ」
 そう言って古びた自転車に乗る大坪さん。俺はそんな大坪さんが心底かっこいいと思った。しかし、喧嘩の仲裁はもう2度とやりたくない。とも思った。


でも交番のおまわりさんて地味だけど、いいよね。。

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