捜査共助課(短編小説)1〜30話

□微笑みの残像
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幾重にも折り重なって
それがいつの記憶なのか
それすらも定かではないのに。

微笑みの残像が
まだ、ここにある。



数日間ベランダに置いたままだった、アジアンタムが枯れた。
枯らしたのは自分で、理由はちょっとした不注意だ。
この前の非番の日、いい天気だったので外に出して。
そのまま部屋の中に入れるのを忘れていたのだ。
ここ数日、晴天の暑い日が続いていたので、土に含まれた水分はとっくに蒸発していた。
緑色の葉は、茶色に変色してカラカラに乾いている。
「………」
秋葉は溜息をつき、鉢植えの側ににしゃがみ込んだ。
「………3年半、か」
もともと植物には興味が無かった。
時々母に世話の仕方を聞きながら、適当に育てていた。
そんな自分だったから、とうとう枯らした、と言った方が正しいのかもしれない。
初夏の柔らかな風が吹いて、その茶色の葉を揺らした。
その頼りなさに、思わず指先で触れると、水気の無くなった葉は簡単に砕けてしまう。
(よく、ここまでもったね?)
笑いを含んだ彼女の声が聞こえた気がした。
「………」
秋葉はふと切なさを感じて困惑する。
フラワーコーディネーターだった彼女が遺していった、最後の物。
あの日。
彼女の遺体を見送ってここに帰り、最初にした事を秋葉はいつの間にか思い出していた。
泣かないように。
彼女が遺していった、もう未来の無いものを全て捨てた。
とはいえ、気がつけば、ほとんど彼女が置いていった物は無かったけれど。
洗面用具と、数枚の写真と。
だから、その時に分かったのだ。彼女が随分と前から死を意識していたのだと。
どうしても捨てられなかったのは、彼女の指輪と、アジアンタム。
指輪は、秋葉が自分自身を許さない為に。
アジアンタムは、命があるものだったから。
(疲れて帰って、部屋に緑があるといいよ。落ち着くでしょ?)
確か、そんなことを彼女は言っていた。
本当にそんな効果があったかどうかは、いまだに分からないが。
確かに、不思議とこの植物の側では、煙草を吸う気にはならなかった。
「………」
何故こんなに自分は感傷的になっているのだろう。
秋葉は苦笑した。
そして、気付く。
「ああ……月命日、か」
死んだ者を置き去りにして、季節は動いていくのだ。
秋葉自身も、いつの間にか生きている者の時間を刻んでいる。
ふわり、と風に頬を撫でられた。
あの時の微笑みが。
まだ何処かに残っている。

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