捜査共助課(短編小説)1〜30話

□笑ってくれたらいいのに
1ページ/1ページ

少しでいいから
笑ってくれないかなって

いつも思ってた。



「……う、わっ!」
がくっと前のめりになるような衝撃を感じて、梶原は目を覚ました。
「……寝るな、馬鹿」
一瞬ここが何処か分からなくなって、瞬きを繰り返す。
無線機から何かが聞こえていて、ようやく自分が置かれている状況が分かった。
「す、すみません」
シートに座りなおして、梶原は隣にいる秋葉に謝る。
つまりここは走行中の覆面車の中。
梶原は助手席に座っていたのだ。
秋葉は運転しながら、隣の梶原が居眠りをしているのに気付き、信号待ちのタイミングで急ブレーキをかけたのだろう。もちろん前にも後ろにも車がいない事を確認した上で。
刑事になってまだ10日。全てが慣れない事ばかりで、いい加減疲れきっている。
まあ、それが何の言い訳にもならない事は分かっているので、梶原はごしごしと自分の目を擦った。
「無線聞いとけよ」
無愛想に言われ、梶原はもう一度謝った。
その時には既に、秋葉は別の事を考えているようだった。
こちらが何か聞けば、最低限の言葉で答えを返してくれるものの、それ以上の事はなく。
(まあ、会話が弾まなくてもいいんだけど)
と梶原は思い、溜息をついた。
要は秋葉の隣にいると、ひどく緊張するのだ。
(何考えてるのかなあ……この人)
秋葉とはあまり年齢も変わらない。何故自分が彼と組まされているのか、いまいち理由が分からないままだった。
(いろいろ教えてくれないしなあ……)
ただ、書類の書き方だけは丁寧に教わっている。
刑事の仕事は大半が書類仕事だからだろう。
そこだけは手間を惜しまずに面倒を見てくれるので、梶原は秋葉を信頼し始めている。
「何かついてるのか、俺の顔に」
秋葉に言われ、梶原はふと我に返った。
(しまった…)
考え事をしている間、ずっと自分は秋葉の横顔を見ていたらしい。
もともと不機嫌な秋葉が、更に不機嫌になっていく。
(墓穴だー……)
「何で、そんなに緊張してるんだ」
本日二度目の信号待ちで。秋葉は梶原の顔を覗き込んだ。
「そりゃ、緊張するでしょ」
「……何で」
まさか、この威圧感は自分の気のせいではあるまいに。と、梶原は頭を抱えそうになる。
「無自覚…ですか?」
「………?」
不意に問われ、秋葉は首を傾げる。
「秋葉さん、絶対笑わないし。いつも怒ってんのかなって。じゃあ、何で怒ってるんだろう、俺また何か失敗したかなあ、とか思ったら……」
緊張もするだろう、当然。という思いを込めて、梶原は言った。
「ああ……そうか」
再び視線を正面に戻し、秋葉は信号が変わるのを待つ。
「秋葉さんにも、何か…楽しい事とかあるんですか?仕事が終わって職場出たら……ちゃんと笑うんですか?」
あまりにストレートなその言葉に、秋葉は軽く笑った。
「俺が笑わないと、仕事がしづらいのか?」
「……正直、なとこ言っていいですか?」
「どうぞ」
おずおずと言う梶原に、秋葉は肩をすくめてそう言った。
「他の誰より怖いんですけど。俺にとっては」
「………ふーん……」
消え入りそうな梶原の言葉に、秋葉は気の無い返事を返す。
(ああ、また失敗したかも)
仮にも先輩に向かって、変な事を言ってしまったと、梶原は激しく後悔した。
「……すみません」
結局また謝って、梶原はできるだけ秋葉の視界に入らないように、彼よりも少し長身な身体をシートに押し付けた。
「そんなに何度も謝るな。言ってもらった方がありがたい事もあるし。お前だって最初から俺みたいなのと組まされたら、マイナスな事もたくさんあるだろうし。いろいろ言われてんだろ?」
特に探るような口調でもなく、秋葉は言った。
確かに他の同僚には、秋葉と組まされるなんてご愁傷様、とよく言われる。
自分にはその意味が分からないので、別に気にも留めていないのだが。
「俺は別に気にしません、そういう事は。自分の目で見て自分が感じた事を最優先で信じるようにしてますから」
きっぱりと言い切った梶原に、秋葉は少し驚いた様だった。梶原にはその表情は見えなかったが。
「お前、究極の馬鹿か、究極のお人よしか。どっちだ」
呆れた声で秋葉が呟く。
梶原はにこりと笑い、それに答えた。
「両方、でしょうね」
「………ああ、そうかもな」
ふ、と秋葉が笑った空気が伝わる。
(もうちょっと…笑ってくれたらなあ…)
梶原はそう思いながら、絶対に近々秋葉を笑わせてやると決意した。
でもその前に。
この如何ともし難い眠気だけは何とかしなければ。
「………だから、起きとけって…」
かくり、と揺れた梶原の頭を横目で見て、秋葉は呟いた。
しばらくはこのまま、この頼りない相棒を寝かしてやろう。
次の信号待ちまで。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ