捜査共助課(短編小説)1〜30話

□tears of…
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子供のように
声を上げて
泣き出してしまいたい

そうできたら
どれほど楽になるだろう

時々
遠くに行ってしまいそうになるから
抱き締めてほしい

そうしたらきっと
泣いてしまう





「………ただいま」
秋葉は控え目に玄関の扉を開け、しばらく考え込んだ後、誰にも聞こえないのではないかという程ちいさな声でそう言った。
「おかえりなさい」
それでも彼を待ちわびていたように。
奥の部屋から彼女は笑顔を覗かせる。
「ただいま……母さん」
今度はもう少し、はっきりとそう言えただろうか。
秋葉はぎこちない表情で周子を見た。
「ほら、そんな所でぼんやりしてないで。自分の家なんだから」
「……うん……」
口元に一瞬だけ笑みを見せて、秋葉は靴を脱いだ。
同じ都内に部屋を借りている秋葉が、この家に帰ってくる事は滅多にない。
現に前回ここに帰ったのがいつだったか、正確には思い出せない程だ。
先日兄と約束をしたので、今日明日の非番を使って秋葉は実家に顔を見せる事にした。
結局片付けたい仕事が幾つかあったので、何かの言い訳のように午前中だけ出勤してしまったのだが。
「親父は?」
「いるわよ。照れくさいのよ。わざわざ自分から顔を見せるのが、ね」
リビングに入ると、周子の言ったとおり貴之が気難しい顔をしてBSのニュースを見ていた。
「……ただいま」
「ああ」
今、初めて息子の帰宅に気がついたというような顔をして、貴之は秋葉を見た。
「煙草、買ってくる」
テレビのスイッチを切って、貴之は部屋から出て行く。
それを見送って周子は笑った。
「ほらね。照れくさいのよ。今ずっと禁煙してるのに」
「そう……」
秋葉も周子につられるように笑みを見せた。
「仏壇に……線香、あげてくる」
まるで逃げ出すように、秋葉は仏壇のある和室へ行く。
漠然と、自分がここに帰ってくると空気が変わってしまうのではないかという不安があった。
ちいさな蝋燭2つにマッチで火をつけ、線香にも火を移す。
右手でそれを軽く扇ぐと、ふっと白い煙が上がり始めた。
秋葉は両手を合わせて目を閉じる。
「終わったら、こっちへ来なさい」
しばらくすると、周子の声だけが聞こえた。
秋葉は蝋燭の火を消して、立ち上がる。
「……どう?元気にしてたの?」
ソファに秋葉を座らせ、テーブルの上に紅茶を入れたカップを置きながら周子はさりげなくそう問う。
「……大丈夫」
周子は些細な事を覚えている。秋葉がコーヒーがあまり好きではない事。例え今日のように少し暑い日でも、身体を急に冷やすような冷たい飲み物は取らない事。
これは肩に傷を負ってから気をつけていた事だったが。
こうして母親としての気遣いを見せてくれる度に、罪悪感のようなものが胸の中に生まれてしまうのは。
「……ごめん、まだ……ちょっと不安で」
しばらくの沈黙の後、秋葉はそう呟いた。
普段は気にも留めていない事が、この場所に来ると不意に不安になる。
目の前にいる彼女は、自分の母親のはずなのに。
ここにいる自分だけが異質なもののようで。
足元がぐらつく。
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