捜査共助課(短編小説)1〜30話

□sugar & salt
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影平は喫煙所でぷかぷかと煙草をくゆらせていた。
暇といえば暇な、忙しいといえば忙しい日だ。
いまいち血が騒ぐような事件も起こらないが、血が騒がないに越した事はないわけで。
「いよっす!」
階下から階段を駆け上がって来た人影が、一度影平の横を通り過ぎてまた戻ってくる。
「あれ、佐藤さん。どしたんすか」
「三島課長いる?陣野班長でもいいや」
佐藤は2階下の少年課に所属する巡査部長だ。
まだ40前なのに若白髪がひどく、自称170センチの身長はどうみても167センチ。
痩せ型で、あまり警察官にはそぐわない飄々とした印象を受ける人物だ。
「課長は留守ですよ。陣さんもいないかも」
「がーん」
いい年して『がーん』はないだろう。と影平は苦笑して、佐藤に煙草を一本勧めた。
「お、ありがと」
ライターで火をつけてやると、佐藤は目を細めて紫煙を吐き出した。
「何ですか、また一斉補導レンタル?」
「それ。もう、足りなくて人員が!」
「こっちだって足りてないっすよ?」
影平は煙草を灰皿に押し付ける。
「また秋葉を貸せって?」
「それ」
佐藤は影平の言葉に、右手の人差し指を立てた。
「あいつ、少年課に来ないかなあ。結構才能あると思うんだけどなあ……。刑事課に置いとくのはもったいないよなあ」
「……秋葉、容赦なくガキは嫌いっすよ?」
少年課の一斉補導に付き合ったことが無いので、影平には秋葉の姿が思い浮かばない。
「いやー、あいつの好き嫌いじゃなくてさ。何か、相手から好かれるっつうか…」
佐藤は真顔でそう言った。
「少年課に来る気ないかな。マジな話」
少し声をひそめた佐藤に、影平は意地悪く笑う。
「次の異動の希望は奥多摩で出すって言ってましたよ?」
「奥多摩ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
思わず大声で叫んだ佐藤の声が、廊下に響き渡る。
「何で?」
「疲れてるんじゃないっすかね。いろいろと」
影平は2本目の煙草に火をつけた。
「あー……まあ、いろいろあったからなあ。でも……だからこそ、あいつに心を開く子供がいるんだ。多分。子供は敏感に傷を持つ人間を察知するからな」
他人の痛みを知らないと言われている最近の子供の中にも、年相応に敏感な子供もいて。
「なーんか、もったいねえなあ」
そう何度も呟いて、佐藤は煙草の火を消した。
「秋葉、刑事課にいる?」
立ち上がりながら問う佐藤に、影平は笑う。
「いるけど、そっちにはあげないっすよ?今んとこ俺の大事なパートナーだし」
「えー、じゃあ、ジャンケンで勝ったほうが取るってどう」
「お?おもしろいっすね」
お互いが右手を出した所へ。
「何やってるんですかね、この人たちは」
冷ややかな声が降ってきた。
「お、秋葉。いいとこへ来たなあ」
佐藤がにこりと笑い、ファイルを両手に持った秋葉を手招いた。
「また。ロクでもない話してたんですね」
「決め付けんな、馬鹿」
顔をしかめた秋葉に、影平が言う。
「………ジャンケンで俺をトレードしようって……ロクでもない話でしょ」
「…………聞こえてるし」
佐藤の空笑いに、秋葉も口の端だけで笑った。
「佐藤さん。何なら厄介なガキどもにあなたが何て呼ばれてるか、ここで暴露してもいいんですけど?」
「いや…勘弁して」
佐藤は拝むような仕草を見せた。
「じゃあ、これ重いんで。俺は資料室に行きますけど。影平さんもそろそろ仕事してくださいね?机の上に書類たまってますよ。俺は手伝いませんから」
「ひでえ!!それでも相棒かよ」
わざとらしい影平の叫びは無視して。
「佐藤さん。ちゃんと正式な少年課からの要請なら、いくらでも手伝いますけど。ジャンケンはやめて下さいね。傷つきますから、俺」
そう言って、すたすたと歩いて行ってしまう秋葉の後ろ姿を見送って、佐藤は笑った。
「あいつ、ちょっと変わったな」
「……そうですかね?」
影平は秋葉の変化に気付いてはいたけれど。
今のところは自分の胸にだけそれを留めている。
「ちょっとだけ、雰囲気がな。丸くなった」
「……ですかね」
それを仕事に戻るという合図にして、影平も立ち上がる。
「あ。ところで佐藤さん?」
「何だよ」
課長と陣野が不在なのであれば出直そうと、階段のほうへ向かう佐藤を影平は呼び止める。
「何て呼ばれてるんですか。ガキどもに」
「……そのままだよ。さとうとしお!!」
面白くなさそうに言い、佐藤は階段を軽やかに駆け下りて行った。
「佐藤利雄、佐藤利雄、さとう、としお……」
何が面白いのか分からない、というふうに影平は呟いた。
「後で秋葉に聞いてみよ……」

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