捜査共助課(短編小説)1〜30話

□pain
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きっと私たち

よく似てるんだね

傷の場所が

分からないなんて


今夜の理由は何だったかな。よく覚えてない。
私は夜中の公園で、独り、腕を切り続けた。
ペットボトルの清涼飲料水と一緒に、溜め込んだ薬もまるで甘いお菓子を食べるように胃の中に流し込んで。
大声で泣きながら、切り続けた。
『痛み』なんて感覚はとうの昔に失っていて。
切っても切っても、痛くない。
誰もいない。私の側には。
誰も。
こんな傷じゃ死ねない。
もっと、もっと、確実に死ねる傷を。
私は小さな剃刀を首筋に当てた。
怖い、怖い。誰か。
誰か、私を止めて。
「やめろ、馬鹿!!」
不意にすごい力で腕を掴まれて。そう叫ばれた。
どうしてここに来てくれたんだろう。
そこで私の意識が暗転した。



消毒液のにおいがして。柔らかなガーゼの感触。
ざわざわとした空気。
まぶしい光が閉じた瞼を通して私の目を刺激する。
「………」
目を開けると、ひどく気分が悪かった。
頭も痛い。
「村上さん?わかりますか。病院ですよ」
若い看護師がそう言って私を覗き込む。
ゆっくりと視線を動かすと、彼女の後ろに私を止めた声の主が心底不機嫌そうな顔をして立っていた。
その顔を見て、私は本当に後悔する。
看護師が病室の外に出て行き、気まずく2人だけが取り残された。
「……やっほ、秋葉」
私は、いつものように軽口を叩こうとした。
秋葉はイラついたように椅子を引き寄せ、そこに座る。
その目を見て、私は秋葉が本当に怒っているのだと思った。
「何で、怒ってんの。笑いなよ」
「………今夜は偶然俺が24時間勤務の日で。公園で若い女が泣きながら腕切ってるって110番通報と、お前が佐藤さんに電話をかけて来たのがほぼ同時で。偶然俺があの公園の近くで覆面車を運転していた。無線を聞いてたから……パトよりは早く現着できた」
本当は、どうして秋葉があの場所に来て私を止めたのかを聞きたかったので。
秋葉はよく私の思っている事を知っている。
要は、私を寸前で止めることができたのは、全てラッキーな偶然なのだと言いたいのだ。
押し殺した声は、どこか悲しそうで。
「……ごめんなさい」
私は素直に呟いた。
「もう切らないって秋葉に約束したのに。ごめんなさい」
一体私の何処に、こんなに涙があるのかな。
そう思うほど、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「何があった」
ふと、今まで纏っていた空気を拭うように秋葉が聞いてきた。
「分かってたら、やらない。こんなこと」
秋葉は私の答えを聞いて、溜息をついて両手で前髪をかきあげる。
私はその右手に真新しい包帯が巻かれていることに気がついた。
「………」
無言の問いかけに気付いて、秋葉は少しだけ笑う。
「昨日ちょっとドジ踏んで切られた」
「………見せて」
「お前な。俺の心配してる場合じゃないんだぞ?」
「傷、見せて」
横たわったまま、右手を伸ばした私に。
秋葉はするすると包帯と傷口を覆っていたガーゼを外し、手首から腕にかけて一筋に切られた傷を見せてくれた。
「痛い?」
「痛いよ」
「痕、残る……?」
「それほど深くは無いけど、多少はな」
淡々とした答え。
「怖かった?」
その問いには苦笑だけを返して。
「お前は?」
逆に聞かれた。
私は秋葉から目を逸らす。
「痛いし、怖かったんだろ。佐藤さんが言ってた。痛い、怖い…誰か助けてってお前が泣いてるって」
そう言いながら、秋葉は元のように包帯を巻きなおしていく。
「あんまり、心配させんな」
秋葉はそう言って、私の頭を撫でてくれた。
「まだ、死にたいか?」
穏やかに問われて、私は首を振った。
「わかんない」
「そうか」
肯定も否定もしない。説教もしない。
秋葉はただ、ストレートに私の言葉を受け入れてくれる。
「お前、もし俺が死んだらどうする?」
ふと声を潜めて、秋葉が私の目を覗き込んだ。
「嫌だ!!」
止まりかけていた涙がまた溢れてしまう。
嫌だ、そんなの。
私は側に置かれていた秋葉の右手を力強く掴んでしまった。
「あ!!ごめん!!」
少し顔をしかめた秋葉を見て、傷が痛んだのだと思った。
「お前、こうやって人の痛みなら分かるのに。自分の痛みは分からないんだな」
まるで俺と一緒だと言うように、優しい顔をして。
「じゃあ、私が死んだらどうする?泣く?」
「………泣くだろうな」
それは決して嘘ではないのだと、秋葉の目がそう言っていた。
「自分と関わった人に死なれるのは、キツイよ」
秋葉が泣いてくれるなら、死ぬのも悪くないかもと思ったが。
「だから、死ぬなよ」
秋葉がそう言ってくれたので、私は頷いた。
「痛みが分からないのは、精神が不健康な証拠だな」
「………お互いに?」
私は泣きながら笑った。きっと、秋葉も私と同じだから。
「お互いに、な」
くすくすと笑い合い、本当に私は秋葉と友達になりたいと思う。
そうしたら、きっと寂しくなくなるのに。
「もう少し、大きく周りを見てみな。お前、絶対に自分が思ってるほど孤独じゃないから」
秋葉は私の欲しい言葉を知っている。
多分、それは秋葉自身が自分に言い聞かせている言葉でもあるのだ。
「私も、いつか誰かにそう言ってあげられるかな。そのための傷なのかな」
この、訳の分からない苦しみも。
「どこかに意味があるのかな……」
私の呟きに、秋葉は本当に優しく笑ってくれる。
「今日は入院だって。もうすぐ親御さんが来てくれるから。ちょっと眠れ」
そう言って、秋葉はもう一度私の頭を撫でた。
「いつか分かるよ」
眠りに落ちる寸前に。
秋葉の声が聞こえた。

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